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[精灵宝可梦] 【小説版】光輪の超魔神(内容比影片更为详细)

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发表于 2015-12-20 22:52:55 | 显示全部楼层 |阅读模式
日文原文,别说看不懂,我也看不懂→ →所以希望有人能翻译全文吧……
资源找到来源,P站,传送门:
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5816453#1

Prologue

 ポケットモンスター。

 略称「ポケモン」。
 この地球に生息する、ふしぎな生き物たち。

 空に、水のなかに、そして大地に……

 きっと世界中のいたるところに、その姿を目撃できるだろう。

 
 *+*+*+*
 

 100年前、茫漠と広がる砂の世界の中心にある村があった。そこは経済的に発展しており豊かな町でもあった。さぞ活気的に賑わっているのだろうとその町並みを見渡せば、何百人、何千人という村人たちの顔には不安げな色が滲んでいた。これから起こる何かに、酷く怯えているのだ。
 彼らの視線が集まる場所は、砂漠ではめずらしい、おおきな海であった。かれらの上空ではいまにも暴れだしそう空が重たく広がっており、風が駆ける音が耳元で唸りつづける。
 その大海原には、ある一匹のポケモンが滞空していた。魔人を思わせるような紫色の全貌に、村人たちは戦慄している。6メートルは越えるであろう全身の肩関節か、屈強な腕が6本ほど生えていた。それらの腕は肉体から離れており、不気味さが漂わせる。その屈強な腕が一本、あるものを操り出した。それを目にしたひとりの人間が、不安げにそれを指差した。
「あ、あのリングは!!」
「なにを登場させるんだ……!」 
 村人たちは蒼白顔面でそう呟いた。それは金色に輝くリングであった。
 それを器用に操っているあの紫色のポケモンが、とある呪文を唱える。
『お~で~ま~し~!』
 それは、村人たちが聞き慣れた言葉だ。その数秒後に、そのリングの内側から”伝説”と呼ばれたポケモンたちが飛び出してくる。
 時を司るディアルガ。
 空間を操るパルキア。
 海の化身カイオーガ。
 陸の化身グラードン。
 黒の英雄ゼクロム。
 白の英雄レシラム。
 本来それぞれの世界を支配しているであろう伝説のポケモンたちが、この砂漠の中心に集結してしまったのだ。
 その凄まじいエネルギーを身にまとったポケモンを視界におさめると、村人たちは頭から水をかけられたかのように喚いた。
「嫌あああ!」
「もうやめてくれぇえ!」
 悲鳴。怒声。絶叫。人間は顔をひどく歪ませながら、あの魔神に懇願する。
 だがその声は届くことは決してなかった。これは当然であると言いたげに、紫色の魔神ポケモンが伝説のポケモンたちを攻撃するためにその身を躍らせた。≪悪の波導≫や≪破壊光線≫、そして見たこともない高威力を誇る技の数々が次々と発動すれば、伝説たちとの攻撃と衝突し、火花を散らしては、空を照らし、爆発する。
 伝説ポケモンたちも黙ってはいなかった。しかし、黄金色に輝くリングが、かれらに苦戦を強いてしまう。
「おおおおおおおっ! フーパ、強ぉーい!!」
 紫の大きなポケモンは有利な立場だからか、腕を伸ばして哄笑する。まるで嘲笑うかのようだった。
 いわば、オモチャを独り占めするガキ大将そのものだ。
 当然、伝説とのポケモンバトルはその周囲に被害を加えていく。黒に塗りつぶされた嵐雲に、悲鳴をかき消すほどの暴風雨。轟音とともに降り注ぐ、閃光の束。ぐらつく足元が、心を不安にさせ、思い出が詰まったたくさんの家が倒壊し、貴重な木々もなぎ倒されていった。
「なぜ闘うんだ!」
「頼む! やめてくれ、フーパ!」
 本能的な叫びが、あちこちに沸き上がった。人類は絶望の淵に追い込まれてしまったのだ。
 けれど止める術はない。だれもが膝を突き、諦観にその手を伸ばし始めたそのときだった。
 轟然たるこの状況のなか、敢然と歩き出すひとりの男がその姿をあらわした。その双眸に恐怖の色がどこにもなく、鋭利な光を宿している。その男は不思議なツボを右手に、まっすぐと、紫の巨人ポケモンに向かっていく。
 そこでようやく、紫色の大きなポケモンがその気配を察知した。
『なんだ、おまえ?』
 その問いかけに、あの男は答えない。そのかわり大きく息巻いて、その鋭い焦点をあの魔神に向けた。
「……戒めの光よ……」
 この男は不思議なツボのふたをぽんっと外すと、大きく頭上に持ち上げた。
「ここに!!」
 その刹那、ツボの口が爛々と輝いた。明るい紫色の光はなにか圧倒的なエネルギーが秘められているのか、紫のポケモンの身動きを封じたのだ。
『ぐぁっ……!』
 すると凄まじい気流が発生した。それはツボの口に向かって吸い込まれていく。まるで全身の力が吸い取られる錯覚だ。いや、違う。実際に力がこの体から抜け落ちているのだ。
 危機感を覚える。しかしあの魔神が必死に抗おうとしても、壺のチカラはその勢いを止めなかった。
『ぐわあああああああああぁぁぁ――っ!!』
 たまらず呻き声をあげた。まばゆい光を放つ壺は、男の意のままに、魔神のチカラを根こそぎ奪い取っていた。

 それから数秒後――いや、数分間だったかもしれない。長いようで短いこの瞬間は、あっという間に幕を閉ざした。
 あの男が不思議なツボのふたを元に戻したときには、魔神のようなポケモンのすがたが、忽然と消えていた。それから現在まで、あの恐ろしい巨人ポケモンがその姿を現すことは、二度となかった。

 

 *+*+*+*+*
 
 
 ~現在~
 

 雄大な青空から眼下を見下ろせば、そこには荒々しい岩肌が重畳する断崖が広がっていた。太陽の光が届かないせいか、その奥底は視界が利かないほどまでに真っ暗闇だった。
 その岩肌をさらに削り取るような鋭い風の流れに、鳥ポケモンが両翼を張って乗っていた。時折、大きな羽を散らしながら、飛翔速度をあげているポケモンの種族は『ウォーグル』。その背中のうえを、ある若い青年が跨っていた。民族的な赤い衣装を着こなしている、端正な顔つきの青年であった。マントのような赤い布が、強風でばたばたとはためいている。
「ウォーグル、もっと速く!」
「くぉおおおおお!」
 かれらの視界に飛び込んでくる険しい岸壁に動じることなく、青年は凛然とウォーグルに指示を飛ばす。その指示に従うかのように、ウォーグルがひときわ大きな雄叫びをあげ、全身にかかってくる空気抵抗を減らそうとその体勢を立て直した。その全身を叩く強風に構うことなく、青年は胸元に揺れる金色の首飾りをぎゅっと握り締め、目を閉ざした。まるで聴覚のみに神経を集中させているかのような表情だ。青年の唇から長嘆がもれると、その金色の首飾りが淡い輝きを放ち始める。
「ウォーグル、10キロほど進んだら右に曲がれ! そうすれば辿り着けるぞ!」
「くぉおおっ……!!」
 その言葉にウォーグルは嬉々した鳴き声をあげた。一秒でも早く、このご主人を目的の場所に連れて行かなければ、その大きな鳥ポケモンはある一種の使命感を抱いて、その立派な翼を力強く羽ばたかせた。
 ウォーグルが慕う青年の名前は『バルサ』。ある街の英雄の孫であり、家族からは将来を期待されている若い男である。かれは胸元を飾るその金色のネックレスを揺らしながら、ただただ前を見据えていた。
 すると前方に、いまにも崩れそうな洞窟が視認できた。我知らずとその胸中が喜びに打ち震える。
「着いた! 着いたぞ!」
 バルザは相棒のヴォーグルから颯爽と飛び降ると、はやる思いを抑えきれずに地を蹴りだした。この洞窟の道は特に入り組んではいない。この道を迷わずに進んでいけばいくほど、その鼓動が早鐘のように波打っていく。だがそれすら青年の意識がない。感情が高ぶってしまってしかたがないのだ。
 それから数分後のこと。焼けつくような期待と興奮にその身を焦がすなか不意に、バルザの足が止まる。かれの視界に、不思議なカタチをした壺が飛び込んできたからだ。
「あった……!」
 バルサは震えを抑えようと、ぎゅっと拳を握りしめる。
 その壺は全体的に独特のデザインであった。紫色に統一されており、その蓋は顔のようなカタチが象られている。また奇妙なことに、その壺の”胴体”に、空洞が存在しているのだ。まるでドーナツだ。
 その独特の壺こそが、青年バルザが捜し求めていたもの。それは今、禍々しい光に包まれていた。青年を思う。ヒトの手がけっして触れぬようにと、この100年の間、厳重に縛られてきたのだろう、と。
 だが、それももうすぐ終わる。
 青年バルサは一度目を閉じた。気を落ち着かせようと、肩の力を抜いてふーっと呼気を吐き出す。
「いまこそ、封印を解くとき!」
 そのまま両手をその胸のまえに持ち上げると、首元の華奢な飾りがバルサの言葉に呼応するように輝きだした。
「時よ、空よ、あまねく森羅万象よ!!」
 バルサは神経をひとつに束ねて、力強く言葉を紡いでいく。
「届け、我が言葉! 古き結びを開け!!」
 首元の飾りから強い光がこの暗い空間を照らしていったその刹那だった。
 あの禍々しい光が周囲に拡散し、ツボが解放されたのだ。その瞬間を間近で見届けたバルサは、目を輝かせて我知らず大きな歓声をあげてしまった。
 高揚感に身を任せて数歩ほど歩みだし、バルサはその瞬間を噛み締めるように、壺を手にした。
 かれの指先が壺の首に触れる、その刹那だった。
「!!?」
 瞳が揺らいだ。あの禍々しい光が息を吹き返したかのように、凄まじいスピードで、バルザごとその壺にまとわりついたのだ。
 いったい何が原因なのか、それを探ろうと抵抗してみるが、瞬く間にその意識がかすみ始めてきた。
 ――はやく……かえらな、けれ……ば……
 まずい、と眉を顰めた。けれど、気が遠くなる。瞼を押し上げ、消えゆく意識を保とうとする。しかし、バルザの目の前がまっくらになった。

砂漠の途中で、とあるポケモンセンターがある。砂漠のなかを歩いてきたポケモントレーナーにとっては、一種のオアシスに近かっただろう。ポケモンセンターにはプールなどの設備が、ほかの場所とちがって充実しているのだ。
 そのプールはいま、午後の日射しを受けている。水面には宝石をちりばめたように輝いており、とても涼しげだ。
 それからこの日の天気予報は、快晴だそうだ。予報は外れてほしかったが、ただいま灼熱の太陽が地上を熱している最中である。我慢できない。身体全体に水を浴びて、暑さを吹き飛ばしたい一日だった。
 そこで不意に、黒髪を濡らして、水中から顔を出す少年がひとりいた。
「ぷはっ……!」
 盛大な水しぶきが飛び散った。その少年は電気ネズミと呼ばれている『ピカチュウ』と一緒に、涼しげなプールを満喫している様子だ。
 かれの名前は「サトシ」。マサラタウン出身だ。修行の旅を続けており、各地方に数々の記録をハイペースで叩きだしている、いま注目の若手トレーナーである。
 サトシは本来、ポケモンバトルをしたくて堪らない性分だが、ここ数日間、サトシは砂漠の中を歩いてきたのだ。すこしぐらい水浴びしても、罰は当たらないはずだ。
「気持ちいいな!」
 琥珀色の少年がにっこりと笑えば、「ぴかぴ、ぴっかちゅう!」と相棒のピカチュウもにっこりと笑い返した。サトシたちが水のかけ合いっこを始めると不意に、その背後からかわいらしい声が聞こえてきた。
「サトシ!」
 金髪を揺らして呼びかけるのは、ユリーカという名前の女の子だった。嬉しそうな響きだった。
「見てみて! ポケモンがいっぱい!」
 幼いユリーカは年齢的にポケモンの所持はまだ認められない。また好奇心も豊かなため、視界に飛びこんでくる野生のポケモンたちに思わずはしゃいでしまうのだ。
 ちなみにサトシもポケモン馬鹿であった。見慣れたポケモンだろうが、その目に映したことがないポケモンであろうが、ユリーカと同じように琥珀色の瞳をきらきらと輝かせるのだ。
「おお! カバルドンにディグダ、ダグトリオだ!」
「ヒポポタスもいるよ!」
「ぴっかちゅう!」
 その平和な雰囲気を醸し出すかれらを、すこし遠くから眺めていたユリーカの兄・シトロンがくすっと笑った。
「りまりまぁ!」
「チャムチャム!」
 その足元でなにやら騒がしいと感じたシトロンは、くるっと視線を転じると、ヤンチャムとハリマロンがじゃれていた。「ハリマロン、ヤンチャム、危ないですよ!」と注意を促してはみる。が、2匹は楽しそうにスタ○ウォーズごっこを繰り広げるばかりだった。
 シトロンが呆れたようにため息を吐いていると、今度は違う方角から、『じゃじゃ~ん!』と高めの声が、かれの耳元に届いた。
 シトロンは再び視線を動かせば、ブロンドの短髪と、あの碧い瞳が印象的な少女が立っていた。彼女の名前はセレナ。スイーツづくりが大好きで、お洒落に敏感な子でもある。
「で~きま~したあ!」
 セレナはお皿にてんこもりのドーナッツをのせて、こちらに向かってくる。すると甘い香りが鼻をくすぐった。
 白いテーブルのうえにコトリと置くと、セレナは最高の逸品ができたとでも言いたげにウィンクする。
「今日は特性!ドーナツ型ポフレよ!」
「ポフレでしたか!」
 そこで、ハリマロンがうるうると目を輝かした。
「りまりま~!」
 食べる気満々である。だが、ダイエットをしては失敗を繰り返しているポケモンだから、シトロンが制限を加えなければならない。それがトレーナーの義務でもある。シトロンは苦笑いを浮かべながら、サトシたちと一緒にティータイムを楽しんだ。
 試行を凝らしたドーナツ型ポフレを心置きなく味わうなか、セレナが不意に、期待に胸を膨らませながら口を開いた。
「もっとおいしいドーナツ、食べに行かない?」
 どこからの情報だろうか。なんにせよ、その言葉にピカチュウとハリマロンが耳聡く反応した。
「りまぁ!!」
「ぴかー!」
 食欲に関しては、似た者どうしである。
 ピカチュウの主人であるサトシも、もぐもぐ咀嚼しながら、とびきりのスマイルを浮かべた。
 その好意的な返事に、セレナは満足気にそのタブレットを指で操作すると、『じゃじゃーん!』の声とともにある一枚の画像をかれらに示した。青空をバックに、立派な街ビルが所狭しと並べられたとある風景であった。どうやら経済的に豊かな街であるらしい。それが砂漠地帯にあるのが驚きだ。
「この先の『デセルシティ』! 名物がドーナツなんだって!」
 セレナ青眼が楽しげに揺れる。
 そこで、シトロンが悟った。
「ほかにもね、”幻”のポケモンにまつわる観光名所があるんだって!」
 サトシとピカチュウの耳が、ピクリと反応した。ほんとうに耳聡い。そのわかりやすい反応に、シトロンは「やはり……」と苦笑した。
 デセルシティとは大きく発展した街だ。セレナは流行に敏感であるから、いますぐにでも訪れてみたいのだろう。
 そしてサトシとピカチュウは、『幻のポケモン』という魔法の言葉に釣られたわけだ。見事な手さばきである。まあ、ユリーカも興味津々なのだから、たまの寄り道もいいだろう。シトロンは笑って賛成しようとする、そのときだった。
「りまぁあああああああああああ~~!!」
 ハリマロンの絶叫した。どういうことなのか、口から豪華の炎が吹かれている。これはさすがに、サトシたちの目がテンになるなか、ハリマロンはその目を白黒にさせながら、苦しみから逃れるために、円を描いて走り回った。
「ハ、ハリマロンが"火炎放射"を覚えた!」
 たしかに≪火炎放射≫に見えなくもない。ユリーカが純粋に喜びの声をあげるなか、シトロンが大きく否定する。
 なんにせよ辛味を抑えるモモンの実か、火消しのためにプールのなかに思い切って投げ入れてあげるべきか、セレナとユリーカがあわあわと考えるなか、サトシはそこで何かを発見した。
 ハリマロンが右手に、トゲトゲとした赤い木の実を持っているのだ。これはマトマの実。ホウエン地方でポロックの材料として使われるもので、食べたら非常に辛い。
「どうして、ここに……?」
 ピカチュウとともに大きく首を傾げると、不意に、その背後からある気配を感じた。肩が跳ねる。そろ~りと背後越しに視線を向けてみると、目と口が開いた。
「あああああああ……!!?」
 白いテーブルのうえに、黄金のリングが宙に浮かんでいる。その内側からは紫色の丸い物体が飛び出している。それはドーナッツをこっそりと掴んだのだ。
「ぴかぴ!」
「待て!!」
 この状況をうまく把握できないが、泥棒はいけない。サトシは正義感を胸に、紫の物体ごとドーナツを捕獲する。
 あの先になにかいるはずだ、そう全開パワーで引っ張って『正体』を掴もうとと力んだその次の瞬間だった。
「なに――!」
「ぴ~かぁ!!」
 綱引きが成立したかも分からない。力負けしたサトシとピカチュウは泡を吹き、セレナとシトロンは目を見開いた。
「サトシ! ピカチュウ!」
「うわぁああああああああああああッ!!」
 二人の姿の抵抗も空しく、黄金のリングの向こう側へ吸い込まれてしまった。

 

 *+*+*+*+*+*
 


 引張力に逆らえることもなく、かと言ってその丸い物体を離すわけにもいかずにリングの中に引き込まれるなか、視界を埋め尽くすほどの眩い光に、サトシは反射的に目を閉じた。目の奥に鋭い痛みが生じる。
 短いようで長いなか、身体が無重力の空間に放り出されたような感覚に戸惑い始めたその刹那だった。
「おーでましー!!」
 知らない声が鼓膜を揺さぶられるとともに、この身体が地面に叩きつけられた。
「いってぇえええええええ!」
「ぴかぁーちゅうううう!」
 なにがなんだがサッパリだ。混乱状態に陥るまえに、自分が今どこにいるのか、サトシは目を開けて周りを見渡そうとしたその瞬間、目に飛び込んできた大きな街並みに面を食らった。それはつい先ほどセレナに見せてもらった、あの写真と同じ眺めであった。
「こ、ここは……デセルシティ……!?」
「ぴかーちゅう!」
 耳を澄ませれば、人の足音や車の騒音が飛び交う「生活音」まで聞こえてきそうだった。
 しかし、サトシとピカチュウは疑問を覚える。バッと背後に振り向いてあの小さなリングに目を皿にしてみた。リングは重力に逆らって空中を佇んでいる。太陽の光を浴びて輝くそれは、キラリと音を奏でそうだ。
「まさか、このリングからやって来た……のか……?」
 サトシはピカチュウに顔を合わせて洞察しようとするそのとき、突然、かれらの耳に幼い声が響いてきた。とても楽しそうな声だった。
「イシシシシ! びっくりしたあ?」
「……!」
 サトシとピカチュウは声を揃えて驚いた。視界に入り込んできたのは、一度も目にしたこともない小さなポケモンだった。可愛らしい外見をしたそのポケモンは悪戯に成功したとでも言いたげに笑顔を浮かべて、感想を聞いてくる。
 不意を衝かれたサトシは、無意識に「ビックリした」と答えてしまうと、実に愉快そうな声音がその小さな口元からこぼれていく。
 満足するまで笑えば、紫色のちいさなポケモンは、牛の角みたいな耳にリングをひっかけ、くるりと宙を旋回してから、自己紹介を始めた。
「フーパって言うの!」
 白い歯を見せて楽しそうに語りかけるその声を聴いて、気分はあまり悪くならない。サトシがただ呆気に取られているなか、フーパの視線がピカチュウに止まった。赤いほっぺがトレードマークのねずみポケモンを凝視して、くいっと首を傾げる。
「フーパ、これ、見たことない!」
「ぴかぁ?」
 フーパの翠の瞳がまんまると大きくなった。その様子を見つめて、サトシは顎に手を当てる。自慢の相棒はいつも肩にいるけど、実はこのポケモン、本来はカントー地方の限られた地域のみ生息する生き物だ。きっとカロス地方にとって、珍しいポケモンに分類されるのだろう。
「ピカチュウって言うんだ」
「ぴか、ぴかちゅう!」
「んで、俺がサトシ!」
 その琥珀色の目を細めて、サトシは自慢の相棒を紹介すると、フーパは顔に満面の笑みを添えて指をさした。
「サートン! ピーカン!」
「え?」
 琥珀色の瞳が当惑気に揺れる。もしかして言い辛い名前だったろうか。まあ出身が違うからかもしれない。
 サトシは自分と相棒の名前をゆっくりと発音して、何度か正しい名前で呼ぶよう繰り返してはみたが、フーパには上手に発音ができない様子だった。
 小さな苦笑をもらす。まだ幼い子供なのだろう、サトシたちはそう肩を落としたそのとき、フーパが閃いた!とでも言いたげに、彼らの周りをくるくると飛び始めた。
「サートン! サートン! ピーカン、大好き?」
 元気そうなその問いかけに気圧されつつも、サトシとピカチュウは同じタイミングで視線を絡ませた。
「ピカチュウのことだよな?」
「うん!」
 そうだそうだと回答を急かすフーパに、サトシはとびきりの笑顔で答えた。
「ああ、大好きだ……!」
「ぴかぴ、ぴかっちゅう!」 
「サートン、ピーカン大好き!!」
 お望みの答えが返ってきて、にやりと笑い、フーパが黄金のリングを掴んだ。なにを企んでいるのか、サトシたちが思わず身構えるなか、フーパは宙を旋回しながらあの言葉を口の端にかけた。
「フーパ、ピーカン、おーでましー!!」
 金色のリングがフーパの台詞に呼応するかのように大きく広がった。かと思えば、その中心から大量のピカチュウが滝のように溢れ出してきたのだ。たまに野原や森の中ではじまる『大量発生チュウ!』より、大漁である。目前の出来事に、サトシはぽかーんと目と口を開けるしかなかった。
「サートン、びっくりしたぁ?」
 その顔を拝めたかったのか、フーパは楽しそうにぴょこぴょこと躍る。
「サートンのピーカン、ど~れだ?」
 フーパはまるでマジシャンのように、今度はサトシを試してきた。本人はその心算ではないのかもしれないが。
「え、決まってんじゃん!」
 だが予想に反して、黒髪の少年はニヤリと挑戦する目つきに変わった。自信に満ちた声を添えて。
 フーパの顔が硬直する。イシシシ!と笑うのはサトシの方だった。そのまま何でもないとでも言いたげに、腰を下ろした。
「こーれだ!」
「ぴかぴぃ!」
 サトシは確信を持って、相棒のピカチュウを胸に抱き寄せたのだ。ピカチュウも安心しきった面持ちで甘えるようにその大きな胸に擦り寄っている。なかなかの仲良しぶりに、そして予想外の結果にフーパは嘆いた。
「え~!? フーパ、つまんなあーい!」
 そんなことを言われてもと、サトシが指で頬をかくなか、悪戯に失敗したことにすっかり落ち込んだフーパは、壁に殴りつけてストレスを発散していた。
「おいおい……」
「ぴーか」
 幼い子どものように振る舞うフーパに苦笑すると、上空から聞き覚えのあるポケモンの鳴き声が聞こえてきた。低い声音だった。
「ふぉおおおおおおおお……!」
 サトシの肩が僅かに跳ねる。もしかしてと少し期待を込めて顔を持ち上げると、サトシは懐かしい思いで胸がいっぱいになった。
「ラティオスだ!」
 青と白を基調とした、珍しいドラゴンポケモン。それだけではない。対の存在である、夢幻ポケモン・ラティアスもいるのだ。まさかの遭遇に、サトシは胸を躍らせる。
「あれ?」
 しかし、かれらの様子がおかしい。敵意やら殺意やらは一切感じないが、その表情には怒りが含まれているのだ。ラティアスとラティオスがサトシたちの頭上を旋回しながら怒りをあらわにするなか、フーパが困ったかのように口を開いた。
「フーパ、ちゃんと元に戻すモン!」
 頬を膨らませてぷいっとする可愛いその姿に、サトシとピカチュウは思案気に首を傾げた。知り合いであるらしい。でも、元に戻すとはいったいなんのことなのか。そこでサトシは相棒に視線をよこした。
「……ピカチュウたちのことか?」
「ぴか、ぴかぴかちゅう」
 なるほど。たしかに大量発生したピカチュウたちは、黄金のリングから飛び出してきた。その前にも、サトシたちはドーナツとともに同じ要領でリングから引っ張られてしまった。
 つまり、断りの一言もなしに、大量のピカチュウたちはワープしてきたのだ。言い方を悪く変えれば、『拉致』と同じになってしまう。
 ことの流れを把握したサトシは頭を軽く掻いてから腰を下ろし、フーパの目線の高さに合わせた。
「フーパ、ピカチュウたちに謝ろう?」
「えぇ~……」
 否定的な返事に、サトシは苦笑を浮かべずにはいられなかった。けれども厳しめに説教を続けてみる。
「みんなは困ってはなさそうだけど、突然だったから、驚いたと思うぞ?」
 ピカチュウたちの立場を考えてほしいのだ。悪戯好きなのは、いまの出来事だけで十分に理解した。とは言っても、やりすぎは『禁物』なのだ。幼い子どもにも分かりやすいように言葉を砕いて、サトシは懸命に説明する。
 その真剣な面差しに、フーパはつい、と大量のピカチュウに視線を合わせた。
「悪気はなくても、謝らなくちゃならないことがある」
「ふぱ……」
 正当な言葉に耳がぴくりと反応したフーパに、サトシは『そうだろ?』とニコッと笑顔をにじませる。
「……フーパ謝る。ごめんなさい!」
 ピカチュウは一斉に(なんて言ってるか分からないが)「ぴかぴか」と鳴き声を上げた。その表情はとても明るいし、きっと許してくれているのだろう。それから、ピカチュウたちは手を振って別れを告げ、元の場所へと帰っていった。
 そよ風がふわりと吹く。ふたたび、デセルタワーを一望できるこの場所を静寂が包み込んでいった……
 
 

 *+*+*+*
 
 

「ふぉおおおおお」
「あはは、くすぐったいって!」
 ラティオスはサトシを気に入ったのか、何度も何度も頬ずりをしてくる。なぜか相棒のピカチュウがすこしご機嫌斜めの様子であるが、サトシはそのくすぐったさに思わず笑い声を立ててしまう。それに自分のまわりを飛び回るその姿は可愛らしい。ラティオスが強いチカラを持つポケモンであることを、つい忘れてしまうほどに。
 サトシは改めて自分とピカチュウのことを自己紹介してから、ラティオスとラティアス、そしてフーパとの関係性について思いを馳せてみる。さきほどのやり取りから考察すれば、フーパの親友であるのは間違いない。世間的に言ってしまえば、フーパの『お兄さん』と『お姉さん』といったところだろうか。
 ちらりと視線を送ってみれば、フーパはラティアスから絶賛お叱りを受けていた。サトシは苦笑いをもらす。
「ラティアス、もうそのぐらいでいいんじゃないかな?」
「ぴーかちゅう」
 さすがに可哀相だと同情したサトシは、途中で会話に介入してあげようとした。
 それに、シトロンやセレナが心配しているはずなのだ。一刻でも早く合流しなければ、ラティアスみたいに怒られる可能性が非常に高い。できることならその事態は避けたいのが本音である。
 サトシがそう簡潔に述べると、フーパは任せてと胸をおおきく叩いた。
「分かった! お~で~ま~し~!!」
 しかしその呪文のような言葉は、ある女性の怒声に遮られてしまった。
「こら! また勝手におでましして!」」
「ふぱ!?」
 フーパは夢から覚めたような顔つきに変わる。ちいさな額からうっすらと汗が流れはじめているのは、きっと気のせいではない。サトシとピカチュウも一緒に豆鉄砲を喰らい、ゆっくりと背後を振り向いた。
 その視線の先にいるのは、青い民族的な衣装を着こなした、サトシより6歳ほどうえの少女であった。首からさげた華奢なアクセサリーを揺らしながら、がつがつと靴音を鳴らしてこちらに近づいてい来る。眉間に刻むうすい縦ジワが、すこしだけ怖い。
「メ、メアリぃ」
 フーパは恐れをなして紡ぐ名前。それが少女のものらしい。
「勝手に物を移動しちゃだめでしょう!」
「ち、ちがうもん!」
 フーパはその小さな両手を忙しくばたばたさせて否定するが、メアリはなおも続きを言葉にする。
「ラティオスとラティアスもよ! 先に帰ってていったのに! フーパがなにかしたら注意をしなきゃ……ってあれ?」
 しかめっ面から一転、民族的な少女の瞳がまん丸に見開いた。どうやらここでようやく、水着姿の少年に気づいたらしい。
「お、俺はサトシです」
「ぴか、ぴかちゅう」
 やや上擦った声で、なんとか言葉を紡いだその刹那、あの民族的な少女も戸惑い気味に言った。
「わ、わたしはメアリよ……フーパの新しいお友達かしら……?」
 サトシとピカチュウの顔がきょとんとする。琥珀色と漆黒の視線がフーパを捉えると、サトシの口が柔らかな弧を描いた。
「もう、友達だよな?」
「ぴっかちゅう!」
 その穏やかな響きに、フーパは嬉しそうに宙を回転した。

「えーっと……」
 民族衣装の少女は、困ったように笑った。
「びっくりさせてごめんね、みんな」
 真摯に謝罪をのべる少女に、シトロンは「とんでもない」と答えた。サトシの姿が消えて、シトロンたちがオロオロしてはいたが、20分後、あのリングがふたたび宙に登場し、その内側からイタズラ顔を浮かべたサトシがひょっこりと現れたのだ。
 さすがに心臓が止まった気分だったが、その対価に『貴重な経験』を得られたのだ。旅の醍醐味と言ってもいい。
 しかも足を使わずに、目的地である"デセルシティ"に到着できた。時短・節約・手軽さ、三拍子すべて揃ったから、チャラである。
「そういえば……どうしてラティオス達が、ここに?」
 フーパが相棒とユリーカ、そしてデデンネとじゃれあうなか、サトシは赤と青の夢幻ポケモンに視線を送った。長年の旅の経験のゆえか、この子たちは野生であると気付いたらしい。メアリという少女の手持ちであれば、すぐに納得ができるけれども。
「すごいわね、サトシくん!」
 その鋭い勘に、メアリは感心しながら答えた。
「わたしが8歳の頃に、フーパが"おでまし"しちゃったのよ~」
 メアリは懐かしい記憶をよびおこしながら、言葉を紡いでいく。
「……たぶん、寂しかったのよね……」
 黒の三つ編みを揺らしながら、どこか申し訳なさそうにその顔を俯かせた。
「私たちは学校に通ってた時期もあってね。とくに午前中は、一緒にいてあげられなかったの……」
「そうだったんですか」
 サトシはそこで理解した。フーパの精神は今よりも幼かったのだろう。独りぼっちの時間が長ければ長いほど、ストレスもそれに応じて肥大化していく。きっと、傍にいてくれる存在が欲しくて、フーパはあの"おでまし"を。
 サトシはそこで思考と止めて、無音のため息を漏らした。そっと目を閉じると、鋭い棘がチクリとその胸を刺してくる。その痛みに口許をぎゅっと引締めてから、サトシはなにかを決心したかのように勢いよく立ちあがった。
「サートン?」
 そのちいさな頭のうえ、クエスチョンマークが飛び交っている。その仕草に、くすっと笑った。
「俺たち、しばらくはこの町にいるんだ。案内してくれよ!」
「ぴっかちゅう!」
 サトシはシトロンたちとともに、デセルシティを観光する予定だ。せっかく友達になれたのだから、楽しい時間を共有したい。サトシとピカチュウが笑みを濃くすると、フーパの心が弾んだ。
 それをフォローするように、シトロンも笑って言葉を続けた。
「僕たち、デセルタワーに行こうと思ってたところなんです!」
「あら偶然ね、わたしたちもよ!」メアリが笑う。
 そこで、ユリーカが提案をあげてきた。
「フーパの輪を使えば、すぐに行けるんじゃない?」
「よ~し!」
 フーパは自慢のリングを右手で掴んで、大きく広げた。そう。内側に飛び込めば、デセルタワーは目と鼻の先である。そうすれば、建物の高さと技術・科学力に目を輝かせることだろう。
「みんな、行こうぜ!」
「おー!」
 そんな中、メアリが切羽詰まったように制止の声をかけた。
「ま、待って!」
 しかし、一足遅かった。
 ボヨンと鈍い音とともに、フーパは光輪から追い出されてしまった。そのまま体勢を整えられずに、地面に転がり落ちた。
 サトシとラティアスが、慌てて翔け寄った。
「だいじょうぶか!?」
 その顔を覗きこむと、フーパは平然とした風に装おうとしていた。けれど叩きつけられた痛みで、その翠の瞳には生理的な涙がにじんでいる。
 ――どういうことなんだ?
 この一部始終、サトシは狼狽の色を隠せない。フーパの怪我をキズぐすりで処置するなか、メアリがフーパに向かって呆れたように言った。
「肝心なことを忘れちゃダメじゃない!」
「え……?」
 メアリは困ったような笑みを浮かべる。
「フーパはね、自分のリングを抜けることができないの」
 思いもよらぬ事実に、サトシの心が揺れた。知らなかったとはいえ、フーパを傷付けてしまった。琥珀の少年は胸に罪悪感を抱く。
「ごめんな……」
「ぴかちゅう」
 ちいさな頭を戸惑うように撫でながら謝った。
「フーパ、だいじょうぶ!」
 失敗しちゃったと、照れるようにニコッと相好を崩す。二人の間に、すこしの沈黙が降りた。サトシは思惑気に視線を逸らした。そしてその直後に、太陽に負けないぐらいの笑顔を顔に漂わせた。
「よし、フーパ。一緒に歩いて行こうぜ!」
「うん!」
 その提案にフーパは嬉しそうに口角をあげた、その次の瞬間だった。
「ぴかぴ――!」
 緊迫した声とともに、ピカチュウの耳がピクリと動いた。
「……!」
 サトシもバッと周囲を見渡した。前方、後方、左右に目を転じる。しかし、怪しい影は確認できない。
 ――なんだ、この違和感は……?
 この正体不明の心理的な圧迫感に、サトシは息を凝らていくそのときだった。
 ――上空からか!?
 颯々たる風とともに、舞い降りるあの影に、サトシは気づいた。
 雲の欠片もないあの紺青の空に、大きな鳥ポケモンが滞空している。立派な翼を張り、サトシたちの頭上でおおきく旋回すると、高度をさげてきた。
 あれは勇敢ポケモン・ウォーグルだ。
 強い日射しに、反射的に目が細まる。それをこじあけて、じっと観察すれば、もうひとつの存在に気づく。ウォーグルの背にのっている男がひとりいた。少女メアリと同じような民族的衣装を着こなす、若い青年だった。
 そして彼の右手には、独特のデザインのツボが握られていた。
 ウォーグルが着陸するまえに、若い青年がその地に跳び下りてくるなか、突然、メアリが顔をぱあっと輝かせた。
「兄さま! とうとうツボを見つけたのね!」
「バルザ!」
 どういうわけか、フーパもラティアスたちとともに喜びに両手を広げて飛んでいった。
 ――知り合い、か?
 その肩に食い込んでいく重圧に戸惑いつつも、サトシは様子を見守ることにした。
 あの若い青年は、どうやら少女の兄にあたるらしい。ラティオスの表情も険しくはないから、家族のような存在なのだろう。
 だがそこで、3匹は急ブレーキを駆けて、戸惑いの色を浮かべ始めた。
「くぅうううん……」
「ふぱ?」
 どうやら、サトシと同じように違和感を抱いた様子だった。
 バルザという若い青年の瞳が、赤い光を放っていたのだ。その数秒後に、視認できるほどの禍々しいエネルギーが、その身体から迸っていく。まるで黒ずんだ紫色。暗い闇。思わず身体が震えてしまう、その矢先だった。
『消……え……ろ……ッ』
 未知の恐怖が、身体中に駆け巡る。"殺意"に似た視線をフーパに向けて、青年の唇が、ゆっくりと開かれたのだ。聞き逃しそうな声だった。
 その刹那、バルザという青年が、あのツボを胸のまえに掲げた。ポンッとツボの蓋が外される。それに呼応するように、ドロリと重い闇が漲った。
「なにする気だ!」サトシは声を張りあげた。
「兄さま、ここで!!?」
 青年以外の、全ての人間が不安に陥った。壺から禍々しい闇が、煙のように溢れだし、とどまることを知らない。
「ふぱぁああああああああああ――っ!!?」
 闇は凄まじい勢いでフーパを飲み込み、その中心で渦を巻いた。終結する闇は濃度をあげ、ちいさな身体を覆い尽くす。
「フーパ!」
「ぴかちゅう!」
 サトシは我先に助けようと地を蹴るが――
「なにっ!?」
 思うように体が前に進まない。闇が生み出す風圧に、逆らうことができないのだ。だが諦めず、サトシは必死に抵抗を続けるなか、闇が突然、無数の塵となって霧散する。
「なっ――!」
「ぴかちゅ!」
 琥珀の瞳が驚異に染まった。フーパの姿がどこにもないのだ。闇が晴れたその場所にいるのは、見たこともない、巨大なポケモンだった。まるで『魔人』と形容していいほどおぞましい姿。逞しい腕が6本もあり、おおきな牙が鋭く光る。だが驚くべき部分は他にあった。フーパが自由自在に操る、あの"黄金のリング"が、身体の中心に埋め込まれている。
 頭のなかに浮かんだ嫌な予感が、サトシの心を揺さぶった。そして――
「これがフーパの……本当の姿なの?」メアリが衝撃的な言葉を漏らした。
「!!?」
 サトシは巨人ポケモンから目を話すことが出来なかった。あの可愛らしい容姿とは正反対だからだ。
「……ぐっ!」
 あの青年が糸が切れたように地面に膝をつき、呻き声をあげた。バルザの瞳から、あの赤黒い光を消え去り、正気の色が戻ってきた。
「おれは、いったい?」
 額から汗を流し、意識が混濁している様子だった。息遣いもすこし荒い。
 だがバルザに意を介する余裕がなかった――
「フーパッ!」
 赤い帽子の少年の切羽詰まった声に、バルザは目の前の状況にハッと息を呑んだ。
『うぐっ……ううううっ』
 巨大化したフーパが、全身に鳴り響くような痛みに耐えている様子で、頭を抱え込み、背を丸め、身をよじらせていた。
 ――助けなきゃ!
 琥珀の瞳がカッと見開く。
「フーパ、俺が今……」
 懸念の言葉が続かなかった。
 一瞬、フーパの身動きが止まる。瞬間、巨大化したフーパの瞳が、赤黒く濁り始める。目を吊り上げ、岩壁を貫くような視線を周囲に走らせた。
『ぐぉおおおおおおおおおお――ッ!!!』
 禍々しい眼光がカッと輝きを放ち、フーパは唸り声を上げながら複数の光輪を操りだした。宙に飛び回るリングのスピードに、目が追いつかない。
「!?」
 青年の背後に、黄金の光輪が迫る。それに気付いた時には、その内側から腕が飛び出してきた。
「ぐはっ!」全身を支配する痛みに、バルザは呻く。
 今、なにをされたのか頭が追い付かない。体中に駆け巡る閃光が音を立て、バルザの表情が苦しげに歪んだ。
「フーパ……?」
「ぴ、ぴーか」
 琥珀の瞳が揺れ動き、身体が激しく強張るのを、サトシは感じた。今起きた光景をすぐには理解できなかった。フーパが人間を襲うとは、信じたくない。
 だが――
「ピカチュウ!」
 サトシは歯を食い縛った。考える時間はない。一秒でも早くフーパの暴走を止めなくては、そう意を決してある電気技を唱えた。
「≪10万ボルト≫!!」
 まずは時間稼ぎだ。闇雲に戦ってては、決して状況は好転しない。焦心を静めつつ、神経を研ぎ澄ませる。
 ――考えろ、考えるんだ!
 手に汗を握る思いで、周りを隅々まで見渡す。瞬時にすべてを頭に叩き込み、フル回転させた。
「そうだ!」
 行き詰った思考に、一閃の光が落ちた。
 ――最善の策はこれしかない。
 右手にポケモン図鑑を持ち、起動させる。息を大きく吸って、声を張り上げた。
「ラティオス、ラティアス!力を貸してくれ!」
 響き渡る少年の声に、ドラゴンポケモンが応えた。サトシの心に、ちいさな希望が灯る――
「≪龍の波導≫!」
 サトシはまずフーパの動きを牽制するように指示した。自由に動き回っては困るからだ。青と赤の二匹は肺いっぱいに空気を吸いこみ、全開パワーで口から≪波導≫を吐き出した。
 ――フーパが地上から離れるように誘導できれば!
 仲間たちに被害を受ける可能性がある。絶対に防がなければ。
「バルザさん、メアリさん、どうすれば!」
 そのときだった。
「クッ!!?」
 再び、バルザの頭上にリングが襲い掛かる。だがラティアスがその攻撃を封じるために猛スピードで突進したおかげで、バルザの危機は免れた。
「……まさか!」青年は声を呑んだ。不思議なツボを凝視し、ある仮定に辿り着く。
「フーパはこのツボを破壊しようとしているんだ!」
「ツボ!?」
 一度、ふしぎなツボを一瞥した。サトシは思案する。壺がフーパの前に現れた途端に異変が起きた。だが『破壊』する目的を掴めない。
「わたしが!」すると少女も覚悟の叫びをあげた。
「わたしが止める!だから……」
 少女は全身全霊をあげて、サトシに助けを乞う。
「一瞬でいいの!フーパの動きを止めて!」
 迷う暇はなかった。
「分かりました! ピカチュウ!」
「ぴっか!」
 サトシは足元にいるピカチュウに視線を投げる。2人は確認し合うように同時に頷いた。
「ラティアス! フーパを遥か上空まで誘導してくれ!」
「くぅうううん!」
 ラティアスはフーパに向かって飛翔して≪龍の波導≫をお見舞いするが、フーパは間一髪で回避されてしまう。
 サトシはそれをしっかりと見届ける。作戦通りに、目的地までフーパを誘導できた。そのまま上空を仰ぐ。その先にはラティオスとその背中に乗るピカチュウが。
 サトシは息を張りつめた。慎重に――すばやく――確実に――!
「今だ!」
 轟く雄叫びと共に、猛烈な勢いで、ラティオスは≪しねんのずつき≫を発動。力強い両翼を張り、鷹のように襲い掛かるそのスピードは驚異的だ。神秘的な輝きに身を包んだラティオスは、フーパに目掛けて飛ぶ。
 しかし――
『ふ~ぱぁあああああああ…ッ!』
 渾身の技が躱されてしまった。ラティオスが地上に滑空するのに対し、フーパは高々と大空を舞い上がる。
 シトロンたちの顔に不安な影が宿った。二度も攻撃を外してしまった……
 だが――
「ピカチュウ!」
 琥珀の瞳が、鋭い光を放つ。
「ぴっかああぁ!」
 高らかに咆哮が鳴り響く。フーパの頭上に舞い降りる、ねずみの影が――
『!!?』
 ラティオスの渾身の攻撃に気を取られてしまい、ピカチュウがその目前に迫ってくるその姿に気付けなかったのだ。
 寸刻前、ラティオスが攻撃態勢に入るその直前で、ピカチュウは既に身を投げ出していた。
 瞬時に双方の距離が縮まる。ピカチュウは身を躍らせ、全神経を集中させた。
「≪10万ボルト≫――ッ!!」
 電気エネルギーが体中を駆け巡り、大きな束となってフーパを切り裂いた。眩しい光条。轟音。飛び散る火花。衝撃波。ついに閃光が四散する。
『くぎゅ!?』
 電気技から解放されたフーパは身動きが取れない。追加効果『麻痺』だ。強力な麻痺は、身体の感覚を根こそぎ奪い取る。サトシはこれを狙っていたのだ。
 ――チャンスだ!
「メアリさん――!」
「分かってるわ!」
 少女はツボを翳して、大きく息巻いた。
「わたしがもう一度、"封印"する!!」
 ツボが独特の光を迸りながら、フーパの闇を吸い込んでいく。渦を撒く気流を視認できるほどの勢い。フーパの身体から、容赦なく闇を奪い続ける。
「ぐおおおぉぉ…っ」
 苦痛そのものなのだろう、叫びながら身をよじる。
 それから数秒後、邪悪な闇が晴れた。激痛からやっと解放されたフーパは、力なく空から落ちてきた。このままでは地面に叩きつけらてしまう。
「フーパ!」
 左足で地を蹴りあげ、瞬時に数メートル飛躍し、サトシは間一髪のところでフーパの身を守った。それと同時に、あのツボの口を閉ざされた。
「!!?」
 バチチと頭の芯まで染み渡るような痺れが、メアリの身体を襲った。前触れのない激痛に、少女は我知らず顔を歪める。あの暗い闇が再び、紫色のツボを覆い始めたのだ。ゆらりと蠢く闇はどくろを巻き、強いエネルギーを生み出す。メアリは思わず、電流のような闇を手放してしまった。
 不思議なツボは重力に従って地面に転がり落ち、まるで幽霊に憑りつかれたかのように、右へ左へと動き回る。得体のしれない不気味さに、セレナの背筋が凍る。なにかの拍子でまた蓋が取れてしまうのではないか、そんな脅迫観念が、セレナを衝き動かす。
 だが――
「触るな!!」
 緊迫した声に、セレナの身体が金縛りにあったように硬直する。青年は顔面神経を強張らせて続けた。
「なにか邪悪なものを感じる、触るんじゃない!」
 空気が張られた弦のように、固まる。
「触れないというのなら……」
 閃き得たシトロン、その目を光らせる。今こそ、サイエンスが未来を切り開くときなのだ。
「シトロニック・ギア・オン!!」
 シトロンが背負う重いリュックから、白いアームが伸びる。
「手を使わずに何でも運べる、"全自動持ち上げマシン"です!」
 何でも運べるかは些か不安だが、名称通りに人間の手が触れることなく済みそうだ。おかげで無機質なモノに抑え込まれたツボは、ぴたりと身動きを止めた。そのまま息を潜めたかのように、薄気味悪い闇も拡散する。バルザは無意識に、肩の力を抜いた……
 
 
 *+*+*+*
 

「ぴっかぁああああああ――ッ!!」
 無事に役割を果たしたピカチュウは、はるか上空から垂直方向にくるりくるりと宙返りを繰り返した。
 地上約数十メートルの高さから落下すれば、のちに受けるその衝撃が凄まじいだろう。だが強敵に果敢に立ち向かう者は例外だった。ピカチュウは時機を見極めて≪アイアンテール≫を発動、衝撃緩和を図るために、その鋼の尾を力強く地面に叩きつけた。その反動でさらに跳ね返り、無事に着陸を成功する。
「ぴかぴ!」
 騎虎の勢いのまま、主人の元へと真っ先に駆け寄っていく。そのあとをラティアスとラティオスは追随し、フーパを抱きかかえるサトシの元へと接近した。その腕のなかにいるちいさな身体には、焦げたような傷跡が所々に目立っていた。呼吸音もいくらか荒く、ダメージ量が大きいことが容易に分かってしまう。
 サトシたちは気遣わしげな視線を送りながら、声を荒げて叫んだ。
「フーパ、しっかりしろ!」
「ぴーか、ぴかちゅう!」
 だがいくら呼び声をあげて、フーパはぴくりとも動かなかった。なかなか戻らない意識にサトシは動揺する。押し潰されそうだ。
「フーパ! しっかりしろ、フーパ!」
「うっ……」
 フーパのまぶたがわずかに上下するのを見て、サトシは息を呑んだ。
「……サートン……?」
 焦点が合わないその翠の瞳がおもむろに、サトシの面持ちを捉える。出会ったばかりの、目の前にいる少年の姿がはっきり映り込むと、フーパはその小さな唇を小刻みに震わせた。なにかに怯えているような様子に、サトシはフーパの顔を覗き込む。
「フーパ?」
「……消えそう、だった……」
 掠れた声だった。強張った口元からこぼれたその曖昧な言葉に、サトシは不安げに首をかしげる。ふるふると戦慄するその背中をあやすように片手で擦ると、緊張の糸が切れたのか、フーパはその大きな瞳に涙を湛えはじめた。
「……サートン……こわ……い……」
 嗚咽を漏らしながら、なにかにすがるかのように青シャツを掴んだ。
「……暗い……怖い……消えちゃうっ……」
 言葉足らずのその悲痛な叫びが、サトシの鼓膜を揺さぶった。まるで暗くて怖いものから逃れるかのように、フーパはその大きな胸に顔を埋める。だがそれだけでは不安が取り除けないのか、堪えきれない涙声があふれるように流れていくのだ。
「っ……」
 青シャツがじわりじわりと湿っていくその感触が鋭いトゲとなって、かれの胸を容赦なく突き刺した。その痛切な痛みに耐えるように、サトシは下唇を噛み、その怯える姿をしっかりと抱きとめて懸命に言葉を紡いだ。
「大丈夫! もう大丈夫だフーパ! な?」
 この両腕に力を込めて、フーパを落ち着かせようと強く抱きしめる。すこしだけでもいい。暗くて怖いモノを遠ざけようと、ちいさな頭をやさしく撫で続けた。何度も何度もちいさな頭のうえに降りてくる温もりに、フーパは全身が硬直を解いてゆくのを感じた。その頬を伝って滴り落ちる涙が徐々に大粒になるの感じながら、フーパは過呼吸になるまで酸素を吸い込んで、胸中に芽生えたその恐怖を追い出そうと呼気を吐いた。
 ……それからどれ程の時間が経っただろうか。不意に、フーパの震えが止まった。その全身から糸が切れたかのように、ゆっくりと力が抜け落ちた。
「フーパ?」
 落ち着いたのだろうか、様子を確認しようと琥珀色の視線をその顔に落とせば、フーパがまぶたが腫らして眠っていたのが分かった。泣き疲れてしまったらしい。サトシは思わず嘆息を漏らし、目を閉じては奥歯を噛みしめた。
 ――ごめんな……
 その目尻に残っている涙を指で払い、躊躇するかのように二、三度その頭をなでた。
 サトシは思いを馳せる。フーパはいったい何に怯えていたのだろうか。こんな時、自分がもっと聡明であれば、正体不明の恐怖を見出せただろうか。
 そこで、一度目を閉じた。今は考える場合ではない。サトシは悔しさに唇を曲げながら、足に力を入れて立ち上がった。
「……ぴかぴ……」
 ピカチュウは気遣わしげな声をあげるなか、サトシはフーパを大事に抱え直して走り出した。その行く先は、デセルタワーで一等大きいポケモンセターであった。
啊咧咧,又挖坑不填哎╮(╯▽╰)╭

告别真新镇后不知经过多久,擦伤,砍伤,朋友的数目,让我有点自豪,那时候因为流行而跑去买的,这双轻便的运动鞋,现在成了,找遍全世界也找不到的,最棒的破鞋子……
口袋中心·绿宝石·改(更新1.6.4版)
【口袋中心出品】魂银·壹式改点壹(全493)    【科普向】魂银中少有人注意到的洛奇亚传说故事
宝可梦卡牌 / 限定精灵图示    好吧,这是官方微博-_-    好吧,这是我的微博-_-
我的B站号    美术作品之我的宝可梦人设画    个人制作的FC魂斗罗2代hack版
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 楼主| 发表于 2015-12-20 23:01:14 | 显示全部楼层
吸いこまれるように青く高い大空に気球が一つ、空中散歩をしている。目を凝らして観察すれば、悪巧みに思いを馳せる、泥棒面の男女の2人組と猫ポケモンが搭乗している。
 かれらはサトシのストーカーといっても決して過言ではない、ロケット団3人組のムサシ・コジロウ・ニャースである。かれらロケット団の目的は、電気を無限に貯め込めるという高い潜在能力を秘めた、サトシの相棒である"ピカチュウ"をこの手で捕獲することだ。
 とは言ったものの、作戦を練って実行にしてみては、毎度のごとく失敗していた。その数は軽く800を超えると思われる。宇宙まで飛ばされそうな勢いで追い払われては、無事に生還を果たす日々の繰り返しなのだ。そう、『奇跡』という言葉に謝れと言いたくなるほど何度もだ。
 かと言って、命の危機と隣り合わせにもかかわらず、ピカチュウをGETすることを諦めないその根性は別格ではあった。
 そんなかれらの一人である赤い長髪の女性が、にやりと口角を上げる呟いた。
「ふふふッ、あの壺は凄いわあ~」
 その瞳を輝かせて、ある推察を披露する。
「あの壺、ポケモンを巨大化させる能力があるのよぉ!」
 それを聞いて、端正な顔つきの男は青い髪を揺らしながらその推察を褒めていた。
「ああ! そうに違いない!」
「にゃにゃ! 巨大化できれば……!」
 二足歩行ができる小判猫は、瞳をきらきらと輝かせる。
 実はこのニャース、人間の言葉を軽々と覚えるほど非常に頭が良い。しかし個人差があれど、脳が記憶できる情報量には制限があった。つまり主力技は≪みだれひっかき≫のみだ。もちろん集中的に精度を磨き上げることは可能ではあるが、限界があるのは言うまでもない。
 そんな悩みを抱えるニャースに、とある希望の光が差し込んできたのだ。あの不思議なツボの能力を使って、ニャースの身体が巨大化すれば、自分は強くなるのではないか。自分の能力が飛躍的にアップできる夢のようなアイテムだと、ニャースは思えてしまうのだ。それさえ使えば、因縁のライバルであるペルシャンや、ジャリボーイのピカチュウを倒せるかもしれない。そう思考を巡らせれば巡らせるほど、子供のような喜びがニャースの顔に浮かんでくる。
「にゃにゃ! 作戦実行だにゃー!」
「「おおーっ!」」
 景気の良い叫びが、大空に響き渡った。
 
 
 *+*+*+*+*+*
 
 
 淡朱の光が海面に注ぎ、きらきらと輝かせていた。夕暮れの色が濃くなるにつれて、肌寒さを感じる。空は次第に濃紺へと変わるだろう。
 ポケモンセンターの空間は、白を基調とする、広々とした清潔感を放っている。どことなく安心感を覚えさせるが、サトシの心は不安でいっぱいだった。
 静寂の中で聞こえてくるのは、大きく波立つ鼓動だけ。赤いソファに座り込み、祈るような想いで待ち続ける姿は心許ない。心配で心配でたまらないのだ。
「?」
 不意に、どこからかそよ風が黒髪が揺らした。ラティアスとラティオスがふわりとサトシの元へ舞い降り、サトシの様子を見に来てくれたのだ。
 琥珀の視線がちらりと動く。
「くぅうううん?」
「ふぉおおおお?」
 赤と青の存在に気が付いたサトシは、瞳を柔らかくした。
「お礼、まだだったな。ありがとう、力を貸してくれて……」
 強張ったままの両頬を無理に動かし、口元に弧を描こうとするが失敗に終わってしまう。そのぎこちない表情に無音のため息を漏らして、サトシはまた顔を俯かせてしまった。
「ぴかぴ、ぴーか?」
 黄色い相棒もサトシの表情を窺おうと仰ぎ見る。だがサトシは赤い帽子を目深にかぶってしまい、その顔を覆う影が広がってしまった。
「ごめん」
「……ぴかぴ」
 混じりけのない漆黒の瞳に、深い哀愁がこもる。きっと暗鬱な表情が浮かんでいるのだろう。ピカチュウは何も言わずに、小刻みに震える拳にすり寄った。そのとき――
「サトシ君、だったね……?」
 サトシは誰かの視線を肌で感じて、顎をくいっと上げる。前に立っていたのは、青年バルザだった。しっかりとその姿を目にするのは今が初めてだ。少女メアリより落ち着いたたたずまいに、サトシの背筋が無意識にすっと伸びる。
「すまない、嫌な想いをさせてしまったね」
 青年はそっと傷口に触れるかのような声音に、サトシは首を横に振ってその視線を床に落とした。
 今も自責の念が激しく迫ってくる。思えば、もっと他に方法があったんじゃないか? いま悔やんでも仕方がないと頭のなかで理解していても、あの手この手と考え込んでしまう自分がいた。もしかしたらこの身にまとわりつく無気力感を振り払うためかもしれない。それでも思いを馳せなければ、壊れてしまいそうだった。
 けれどそこで、サトシは思考を中断させた。ぎゅっとその両拳を握りこめる。それから肩で大きく息を吸ってはふーっと吐いて、おもむろに琥珀色の眼差しがバルザを捉えた。
「フーパはどうして、暴走したんですか? あのツボはいったい――?」
「…………」
 探るような力強い視線に、バルザは呼吸を止める。今度はバルザが視線を外してしまった。
 かれらの間に沈黙が降りる。
 バルザは物思いに目を伏せ、長いため息を吐いてから、サトシの隣に腰を下ろした。
「100年前、フーパは町を破壊したんだ……」
 息が詰まるほど驚いた。サトシは矢継ぎ早に質問したくなるのを我慢し、静かにその続きを待ち続けた――
 
 
 *+*+*+*+*

 
 
 昔、デセルシティは小さな村だった。住人は過酷な自然と共有し、貧しいが穏やかな日常を送り続けていた。
 そんなある日、おおきなフーパが突然その姿を現したのだ。フーパは勝手に人々の食べ物を口の中に流し込むように、美味しく頬張っていた。まわりの世界は砂漠であり、サンサンとした太陽を照らしている今日、フーパ空腹で渇いたのどと一緒に満たしたかったたのだろう。
 だが村人にとって、食べ物は命を繋ぐ貴重なものだ。さすがに怒った村の住人に、フーパはお詫びの品として"お宝"をおでましした。
 金銀財宝。お宝の数々。リングの内側から顕れたのは、人々の欲望を満たすものだった。
 村の住人達はどのように目の色を変えたのだろう。かれらは顔に歓喜の色を浮かべて、喉から手が出る思いを抱いた。
 たくさんの富は村を飛躍的に発展させ、シティと呼ばれるまでに経済は豊かになった。水や食料に困ることもなくなった。
 やがて人々はフーパに住処を造り、お供え物をしては、望みを叶えてもらうようになった。
 そんなとき、子どもの幼い好奇心がフーパに向かって、生意気に問いかけたのだ。
 ――おまえデカイし、強そうだよな。
 ――でも、他のポケモンと勝負したら、勝てんのかよ?
 フーパはその疑問に答えるためにたくさんのポケモンを呼び出した。勢いのある戦いを繰り広げては、連戦連勝。どわんと空気が弾け、人間たちは拍手喝采を送った。熱狂・喧騒・罵倒が飛び交い、呼び出されるポケモンが強くなるほど、周囲も一段と興奮を上昇させた。
 その熱が、フーパをエスカレートさせてしまった。ついには"伝説のポケモン"を舞台に"おでまし"し、フーパは自分の力量・能力を見せつけるように大暴れを始めたのだ。
 荒れ狂う竜巻。轟く雷鳴。絶え間ない振動。逃げ惑う人々。デセルシティは混乱の渦に飲み込まれてしまい、壊滅の危機に瀕していた。
 そのときだった。ある旅人が現れる。名前は『グリス』。いま、フーパの能力を『いましのツボ』に封印し、英雄と讃えられる人間だ――
 
 
「その旅人が、おれたちのひいじいさまだったんだ」
「その……グリスさんはすごい力の持ち主なんですね……」
 語られた事実に、サトシは驚きを隠せなかった。戒めのツボを造りだし、あれほどの能力を封じ込め、デセルシティは無事に救ったのだ。だけど、どうやって?
 サトシの思考を読み取ったのだろう。バルザは突然、黄金の首飾りを手に掛け、サトシに見えやすいように持ち上げた。
「この形、なにかに見えない?」
 そう問われ、じっと目を凝らすと、琥珀色の瞳が見開かれた。
 過去の記憶がすーっと頭のなかで甦る。全てを超越し、宇宙を創造した神のポケモン――
「アルセウス?」
「すごいな……」
 青年は感心したように呟いた。宇宙がない頃に生まれた最初のポケモンとして、遥か遠い地方の神話のなかで語られている。まさか答えが返って来るとは思わなかったのだ。
「おれたちの遠い先祖が、アルセウスと通じ合い、力を授かったとされているんだ」
 そのなかでも、グリスは特に強いチカラの持ち主だったと言われていた。旅人は"土""水""火"と自然に満ちる3つの力を借りて、"いましめのツボ"を創り出したのだ。
 その事実にサトシは腹の底から驚いた。しかし謎が解けると、背筋を駆け抜ける静かな何かが現れる。
「だけど……」
 その口許から、微から声が零れた。
「フーパばっかり封じられて、不公平だ」
 サトシはフーパの無邪気な姿を脳裏に浮かべた。きっと、みんなが喜ぶ顔が見たかっただけなのだ。それなのに……
 サトシはそこでハッと我に返る。つい感情的になってしまった。
「すみません、俺……」
 礼儀のない言動に謝罪を述べる少年に向かって、青年は首を振り、優しく微笑んだ。
「気にしなくていい」
 バルザは心から嬉しいのだ。知り合ったばかりだと言うのに、ここまで親身になってくれる少年の存在が。
「そのあと、どうなったんですか?」
 青年は目を閉じた。
「"いましめのツボ"を人知れず封印した後……」
 グリスはフーパを自分の故郷に連れて帰った。それがオアシス『アルケーの谷』だ。
 能力を失ったフーパは当初、反抗心を抱いていた。力を返せ返せと、必死に抵抗を繰り返した。グリスは地団駄を踏むフーパに向かって、凛然と告げたのだ。
 ――戒めの意味を悟らぬ限り、フーパがリングを通ることはできない。
 ――世界はお前一人だけのモノではない、リングから見る世界が全てじゃない。
 咎めるような厳しい眼差しに、フーパはこれ以上なにも言えなくなった。こうして戸惑いばかりの、フーパとグリスの新しい生活が始まったのだ。
「それでも、しばらくの間は抵抗を繰り返したらしい」
 サトシは思わず苦笑する。たしかにそうだ。当たり前のように過ごしていたのに、ある日前触れなく、その能力が使えなくなったら戸惑うだろう。さらに奪った人間と暮らしていくとなったら、余計に落ち着かない。
 すると、バルザは昔を懐かしむように、凛とした瞳をそっと柔らかく綻ばせた。
「……ひいおじいさまは一生懸命だったと思う」
 瞼の裏にはフーパと、10歳も満たない妹メアリ、そしてひいおじいさまの姿がいる。さまざまな思い出が打ち寄せる波のように、あたまのなかに現れては、泡が弾けるように静かに消えていく。
「妹がフーパと森の中で迷子になったとき、ひいおじいさまは慌ててたな」
 今思えば珍しい顔だったと、バルザの口に微笑が滲んだ。無事にフーパたちを見つけたとき、曾祖父グリスは我が子のように抱き寄せたという。怪我がなくて良かったと、安堵に目を細めて。
 やさしくて穏やかな記憶に、サトシは柔らかな声で言った。
「グリスさんは優しい人だったんですね」
「ぴーぴかちゅう」
 胸に宿る怒りが静まる代わりに、切なくて穏やかなモノが湛えていた。バルザがよどみなく楽しそうに語り続けるその姿を見つめて、サトシの頬はゆっくと緩んでいく。グリスという人に会ってみたいと、密かに思ってしまった。厳しいけど、フーパに心から愛情を注いでくれた人。きっとフーパにとって、アルケーの谷は大切な場所に変わっただろう。
 そこで重い影が、バルザの胸の内を覆った。
「だから、おれは思ったんだ……」
 バルザは深い吐息を零した。
「もうチカラを戻してもいいんじゃないかって」
 しかし、フーパは暴走してしまった。
 原因は不明だ。強すぎる力を制御できず、飲み込まれてしまったのか。あるいは、長年決別していた能力の使い方を忘れてしまったのか。
 一族の歴史や文献を漁れば、解決の糸口があるかもしれない。だが――
「俺は焦っていたのかもしれない」
 青年の表情が強張り、声には自己嫌悪の響きがあった。自責に心が絶えられず、拳を強く握る。
「結果的に、フーパを怖がらせてしまった」
「バルザさん……」
 サトシは切なげに眉根を寄せて視線を彷徨わせ、胸が重たくなるのを感じながら、ぽつりと呟いた。
「"いましめツボ"はどうするんですか?」
「明日……元の場所に戻すよ……」
 次に封印を解いたとき、無事に事が済むとは限らない。それが最善の選択だと、青年は結論を下したそのとき――
 不意に、ポケモンセンターの自動ドアが開いた。ひんやりとした空気が肌を撫でた。外に出れば、冷たい風が骨の髄を刺しそうで、窓から覗く空はすでに真っ黒に染まっていた。
 足音がこちら側に近づいてくる。その気配を辿り、ゆっくりとふり仰ぐと、シトロンがサトシの顔を心配そうに覗き込んでいた。
「シトロン……」
「ぴーか」
 二人の視線が交錯する。
「軽食ですよ」
 カサリと立てた音が耳に届いた。シトロンの右手には中身が詰まった茶色の紙袋が。中身はデセルシティの名物である"ドーナツ"。種類はリラックス効果があるリッチなダブルチョコレートだ。カカオの風味が空気を伝い、鼻をくすぐる。生地の自然な甘みと独特の食感が、あたまの中で再現され、おもわず唾液が口内であふれてくるだろう。普段のサトシであれば、腹の音が鳴り、すぐにでも飛びついたはずだった。
 けれど彼は視線を落とし、ふるふると首を振ってしまう。シトロンは困ったように笑った。
「なにか食べないと持ちませんよ?」
 なにか口に運ばなければ、倒れてしまうかもしれない。けれど本人の身体が受け付けようとしない。
「1個だけでも構いませんから……」
 体調を崩してしまったら本末転倒だと、主張する。ピカチュウもシトロンに賛同して主人に抗議した。フーパに心配をかけては駄目だと、頬を膨らませて。
 ラティアスも、ラティオスもだ。かれらの顔は真剣そのもので、なかなかの説得力がある。
 妙な団結力だ。サトシが折れるのにそう時間は掛からなかった。
 軽く肩を落としたサトシは礼を述べてから、それを受け取った。揚げたてなのかほかほかと温かい。が、実際に目の前に運ぶと、我知らずと口が閉じてしまう。かと言って彼らの好意を無下にすることはできない。
 どうしよう。サトシはそう頭を悩ませると、いきなりドーナツを綺麗に真っ二つに割った。申し訳ない気持ちを覚えながら、柔らかく口角をあげて、それを相棒のピカチュウに手渡した。
「ぴかぴ?」
「はい、はんぶんこ」
 無理に一個まるごと食べなくてもいいだろう、サトシはそう考えたのだ。
 ピカチュウは思わず黙ったまま受け取って、ドーナツに視線を送った。まんまると黒い瞳をパチクリさせれば、ぱあと顔を輝かせた。
 なにが相棒の心を喜ばせたのか、サトシは首を傾げると、
「ぴかぴ、ぴかぴかっちゅう!」
「ピカチュウ……」
 顔一面に浮かんだ満悦らしい笑みに、息を呑む。琥珀と漆黒、二つの視線が交じり合った。口元が緩む。
 ――そっか。そうだったな!
 ピカチュウの頭のうえにぽんっと手を置いた。
 そして、嬉しそうに笑い返した。
「ありがとう、ピカチュウ」
 すこしでも感謝が伝わるように、整った毛並みを撫でる。ピカチュウも甘えるように主人の手に擦り寄った。
「いただきます」
「ぴかっちゅう」
 シトロンの召し上がれを合図に、ぱくりと大きくはない一口を頬張ってみる。チョコの甘い香りとくちどけに、思わず頬が緩んでしまう。食べ終わる頃には、その優しさが全身に染みわたって、心が軽くなった気がした。
 ほっとした雰囲気が周囲に満ちるなか、不意に、軽快な音がポケモンセンターで鳴り響く。サトシの背中に緊張が走った。
 この音は治療が無事に終わったと告げる合図。
 一直線の白い通路から、複数の足音がサトシの耳に届いた。セレナとユリーカ、バルザの妹、そして……
「バルザ! サートン!」
 今にも歌いそうな声を弾ませながら、フーパが現れた。
「フーパ、元気になったんだな!」バルザも安堵に胸をなでおろす。
「うん!」
 心も体も踊っている姿はとても微笑ましい。傷も完治しており、生命力が漲っていた。フーパはステップを踏むかのように、くるりくるりと、バルザ、ラティオス、ラティアス、そしてサトシの元へと駆け寄る。
「サートン、ありがとう!」
「あ、あぁ」
 不自然な返事だった。自分でも驚くほど弱々しかった。
 それに違和感を感じ取ったのだろう、フーパはピタリと身動きを止めた。翠の瞳がまっすぐサトシに注がれる。
「サートン?」
 気遣うような声を掛けられるが、サトシは黙り込んだまま。するとセレナが複雑な面持ちを引っ込めて、笑顔を張り付けた。
「わたしたち砂漠のなか歩いてきたから、疲れが出たみたいなの」
「ふぱ?」
 彼女の言葉に、フーパはぱちぱちと瞬きした。かと思えば、ニッと笑い、片手で自慢のリングを握った。
 なにをするのかと軽く身構えると同時に、フーパは能力を発動させた。
「お~でまし~!」
 金色のリングは回転しながらサトシの頭上へ移動してきて、その内側から、花弁が乱舞しながらあふれ出てきた。赤、黄、桃、オレンジ、彩り豊かな無数の花弁が、ちいさな蝶のように、ひらりひらりと足元に舞い降りた。
 花びらの絨毯だ。驚きのあまり言葉が出ず、呆然と眺めてしまう。いわゆる放心状態だ。
「イシシシ! びっくりしたあ?」フーパはくるりと宙を旋回して笑う。
 その問いかけにサトシは我に返った。弾かれたように視線を戻せば、期待を込めた目でこちらを窺っているフーパの姿が、視界に映った。
 雑念のない無心の表情に、笑みを添えている。その無邪気さになにか熱いものが胸に込み上がってくる。思わず唇をきゅっと結び、俯いてしまった。
「サートン?」
 反応が返ってこないことに不思議に思い、サトシの顔を覗き込むようにゆっくりと近寄った。
 すると、きらりとしたものが滴り落ちて、床の上で弾けた。
 翠の瞳が大きく揺らぐ。幼い面差しが不安げに歪み始めた。どうしよう、フーパはそう思案する。しかし頭のなかが澄み切った。光輪を片手に、ある場所の空間を繋げる。そのなかへ手を突っ込んで、目的のモノを引っ張り出した。
「サートン!」
「え……?」
 フーパはサトシの手を掴んで、それを手渡した。サトシは手の平に注目すると、瞼をしばたかせる。
 小さな宝珠だった。虹色の輝きが控えめに放っており、金の留め具にボロボロのひもが繋がっている。首飾りだ。時間の経過を感じさせるが、その石には傷ひとつ付いていない。大事にしてきた証だ。
「フーパ、これ?」
「サートンにあげる!」
 笑顔でそう言われてしまい、サトシは慌てた。装飾品に関する知識は皆無と言っていい彼でさえ、大切な物ではないかと思案してしまう。
「え? いいのか?」
「だって、サトーン、泣いてる」
 哀しげに答えたフーパに、サトシは瞠目する。琥珀の目にはわずかな涙の膜をが張られていた。声も震えている。サトシは破顔した。その弾みで琥珀の瞳からキラキラと涙が零れ落ちる。
「"嬉し涙"って言うんだぜ、な?」
「ぴかぴかっちゅう」
 サトシとピカチュウ、二人のスマイルに、フーパも釣られた。
「でもいいのか、これ?」
「うん!」
 だから早く身に付けてと、眩しい笑顔で促した。
 さっそく首元にかけると控えめな存在感がきらめき、その虹色の輝きと黒いTシャツが美しいコントラストを生んだ。
「ありがとうフーパ。大事にする」
「イシシシ!」
 二人の笑顔がまぶしく輝いた。
 そのとき――

なんの前触れもなく明かりが一斉に消えてしまい、辺りが急に真っ暗になった。
 突然の出来事にユリーカが驚きの声を上げた。
「ブレーカーが落ちたんでしょうか?」停電になった原因を探ろうと、シトロンは冷静に考える。
 真っ暗闇では視界があまり利かない。
 刹那――
 地鳴りと共に、爆発音がポケモンセンターのなかで木霊する。次いで派手な音と共になにかバラバラ割れた音が。
「今度はなに……ッ」
 セレナとユリーカが驚きと不安で悲鳴を上げた。強い緊迫感に支配され、サトシとシトロンは警戒心を抱くと、
「ぴかあ!?」
 ピカチュウがピンと両耳を立てた。ギザギザ尻尾に小さなエレキボールを発動させ、それをライト代わりに、
「ぴかぴ、ぴかちゅう!!」
 サトシたちを誘導しようと大きな声で、廊下の向こう側へと駆けだした。
「ピカチュウ!」
 サトシは叫び、その黄色い背中の後を追いかける。シトロンたちも追随した。息を弾ませてただ一直線に走り抜ける。サトシはひどく嫌な胸騒ぎを覚えた。足元が向かう先は――
 デセルシティを一望できるポケモンセンターの広場の入り口で、ピカチュウが急ブレーキを駆けた。
「ぴかぁ!?」
「な……っ」
 サトシとピカチュウたちが視界に映したものは、所々に散らばったガラスの破片。次いで岩塊が崩れるような音が耳に入った。音を辿ってサトシ達が見上げれば、
「僕たちの部屋が!!」
 驚きに目が見開く。あの場所はサトシ達が今夜宿泊する予定だった部屋だ。大破されたガラス窓はとうにその役割を失い、外壁は脆くなっていた。一部の岩塊が今にも崩れ落ちそうだ。砂煙も夜風に巻かれて立ち昇っている。
 いったいどこの誰がこんなことを、そう考えた矢先だった。
「「「にゃ~はっはっはああああああッ!」」」
 耳に馴染んだあの高笑いが鼓膜を揺さぶった。瞬時に背後に振り返ると、夜空に浮かぶ化け猫ポケモンを模型にしたあの気球が視界に入った。
「ロケット団!!」
 招かざる客も同然の相手に向かって、サトシは大声を張り上げる。停電と爆発の仕掛け人は、ムサシ・コジロウ・ニャースの三人組。サトシの相棒を狙いにここまで来たのかと怒鳴りかかるも、目を凝らせば、奴らはすでに得意げにほくそ笑んでいた。
 不審を覚える。ロケット団はポケモン泥棒専門のはずだ。ピカチュウを奪い取るのが目的ではないのか!
 だがそこで、怒りの炎が鎮火した。サトシとバルザが同時に、血相を変える。ニャースの手元には"全自動持ち上げマシン"で囲まれた"いましめのツボ"が。
「きみたち、その壺を返せ!!」
 バルザの叱責が飛ぶ。だがロケット団は逆撫ですように笑い返すだけだ。
「にゃにゃ、素直に応じる訳がないのにゃあ!」
「返してほしかったら、ピカチュウと交換ね~!」
 挑発的な申し出に、サトシは思わず内心で歯噛みする。力づくで取り返してやるとモンスターボールに手を掛けた途端、心臓が激しく鼓動を打った。
 "全自動持ち上げマシン"が壺から外されてしまった。
「だめだ! 触るな!!」
 警告を与えるように短く鋭く吠えた。
 しかし――
 闇がどろりと渦を巻き、ニャースの腕を伝った。しまった!と琥珀の瞳が揺らいだ。背筋に冷たいものが這い上がっていく。
「にゃ、にゃにゃ」
 一足遅かった。ニャースの意識が暗転し、瞳を赤黒く光らせ、その口元から意味を成さない声が漏れた。まるで操り人形のように片手が蓋に伸ばされる。
「ニャース?」
 ロケット団のなかでコジロウがいち早く異変に気づいて呼びかけるも、その声はいまのニャースの耳には届かなかった。
 中身を開放するのが当然だというように、ニャースは蓋を外してしまった。
 誰かが息を詰めた。フーパが蒼褪める。
 "いましめのツボ"から底なしの闇が奔流となって、あふれかえる。
 サトシは血の気が引くのを感じた。邪悪な闇の矛先は――
「フーパ!」
 危機迫った表情で、勢いよく背後を振り返り、強く地面を蹴りあげて、フーパに向かって手を伸ばす。
 ――頼む、間に合ってくれ!!
 サトシの指がフーパの身体に届いたと同時に、濃い闇の霧が二人の全身を舐め回すようにまとわりついた。
「うぐ――っ」
「―――ッ」
 琥珀と翠の目が凍りつく。
 サトシとフーパの周りに、その身体の中心に闇が凝縮し始めた。
「ぴかぴ!!」
「うっ……ぐぁぁぁ……っ」
「ふぱぁああああ――!!」
 邪悪な闇が神経を直接蝕んでいるようだ。身を引き裂くような苦しみと痛みに、顔全体が強張ってしまう。
 ――なんだよ、コレ……!
 サトシは形容しがたいものに激しく動揺する。苦痛に耐えるために歯噛みをするも、緩和すらしない。まるで荒波に投げ出され、飲まれるような、奈落の底まで意識が引き込まれていくような錯覚に身震いする。
 脂汗が知らず額に滲んだ。いくら酸素を吸い込んでも息苦しさが増していた。だが、今は――
「いやだ嫌だ! フーパ消えたくない!!」
 フーパは闇を振り払おうと、声にならない鳴き声をあげて暴れ回る。反射的に首を振り、右手も振り上げたりして身を捩っていた。気を抜いてしまえば、サトシの手がフーパを離してしまいそうだ。
 サトシは朦朧とする意識を掻き集めた。
「フーパっ」
 サトシも苦痛のあまり腕や脚の感覚が失いかけている。それでも精神力を振り絞り、苦痛に持ち堪えながら、フーパを守るようにその小さな身体を両腕で抱き寄せた。二度と同じ過ちを繰り返すものかと、必死に。
「フーパ、負けんな!」
 歯を食い縛ってでも耐え抜かなければ、サトシは自分自身を叱咤するそのとき――
「メアリ!」
「分かってる!」
 バルザとメアリの声が聞こえた。兄妹は決然とした光を瞳に称え、サトシとフーパを間に挟むようにして身を構える。足を肩幅まで開き、両手を胸の前に持ち上げた。バルザとメアリは全神経をその手の平に集中させる。
「フーパしっかりするんだ!」
「頑張って!」
 早く助け出さなければ、その想いに応えるように、胸元の華奢な金色の首飾りが強く光り輝いた。眩い光が、腕を伝い手を伝って、サトシとフーパを守るようにその全身を包み込んでいく。
 だが闇は決して離れようとしない。その輝きに対抗するかのように渦を巻き始める。
 バルザとメアリが息を荒げた。この瞬間にも二人の精神力が瞬く間に削られていくからだ。我知らずと厳しい顔つきになる。あまりにも強い力だ。けれど――
「フーパ!」
 今踏ん張らないで、いつ踏ん張るんだ。身体を蹂躙する痛みに抗いながら、サトシは声を振り絞って叫んだ。
「負けんな! 追い出すんだ!!」
 サトシの力強いその言葉に、フーパは力んだ。
「うおおおおおぉぉぉ――ッ!!」
 黄金の輝きが秘めた力を解き放るように強くなった。その勢力に邪悪な闇が逆らうことができずに、風とともに四散する――
「くっ……」
 解放されたサトシは崩れるように、膝を地に着けた。汗が頬を伝って流れ落ちる。
 肩を忙しく動かして肺に空気を送り込むが、血が全身を駆け巡っていて熱い。
「大丈夫かフーパ?」
 すこしだけ落ち着きを取り戻し、フーパの無事を確信する為にサトシは声を掛けた。
「サートン、フーパ、がんばった……」
 フーパは弱々しく笑み浮かべる。大丈夫だと、安心させるように。サトシはホッとため息が吐いた。
 その足元に黄色い相棒が駆け寄った。
「ぴかぴ、ぴかちゅう?」
「あ、あぁ……平気だ……」
「……ぴかぴ?」
 その返事にピカチュウは小首を傾げる。サトシの安心した表情に、痛みに耐えるような複雑な色をわずかばかりに浮かんでいたのだ。
 闇が消えたというのにどうしてなのか、ピカチュウが不思議に思ったそのとき、
「あれは――!?」
 シトロンの戸惑った叫びが全員の意識を奪い取った。仲間の鋭い声に弾かれたように、サトシも顔を上げると、
「―――ッ」
 呼吸が止まった。瞬きすらできなかった。
 夜の世界に溶け込むような深い闇が、どくろを巻き始め終結し、その力を増幅させるように、やがてひとつの巨大なモノが形成された。その姿を、サトシは愕然と凝視する。
「フー、パ……?」
 この手で抱えている小さなポケモンと同じ名前を紡いだ。
 増えた黄金のリング、6本の豪然たる腕、赤く漲る双眸、巨大化を遂げた身体。メアリが言っていた、フーパの"真の姿"だ。
 だがサトシはすぐに頭を振って、視線を戻した。そうだ。フーパは今サトシの腕の中に存在している。バルザたちの助けを借りながら、全力を振り絞って、フーパはあの闇を追い出したのだ。壺に封印された能力がその身に帰ったわけではない。
 では、上空に佇んでいるあの存在はいったい――
 サトシ達が混乱するそのとき、あの闇が動き出した。
「ふーぱぁあああああ!」
 フーパの声より数段低い声だった。
「「!!?」」
 黄金リングが宙を旋回すると同時に、豪然たる腕の一本が、ロケット団の気球を鷲掴みしたのだ。影はそのまま自分自身のリングに向かって放り投げた。
「にゃにゃあああああああ!!?」
 気球は回転しながら光輪まで軌道を描いた。前触れのない衝撃に耐えきれず、”いましめのツボ”はニャースの手から離れてしまった。支えを失くした壺はその勢いのまま、重力に従って落ちていく。
 そのとき、赤い双眸がぎらついた。闇の意識が"いましめのツボ"に統一する。次の瞬間だった。回転しながら空高く放り出された"いましめのツボ"が、無数の欠片となって砕け散ってしまった。
「ツボが……っ」
 あっけなかった。文字通り、木っ端微塵だ。
 原形を留めた小さなリングだけが地に落下し、金属音が虚しく反響する。その一部始終を、サトシは茫然自失と目の当たりにするしかなかった。
「サイコ……キネシス……?」
 手を触れることなく強力な念動波で相手を攻撃する特殊能力。あの闇はたった今、エスパータイプの技を使ったのだ。それだけではない。闇で形成された腕が、ニャース型の気球を掴んだのだ。まるで命が宿っている生き物と同じように――
「あれも"フーパ"なのか……?」
 琥珀の目が泳ぐ。ありえる訳がないと、頭のなかで声がした。
 バルザ曰く、"いましめのツボ"はフーパの能力の一部を封印しただけ。ポケモン本体が閉じ込められたわけではないのだ。疑問が疑問を呼び、サトシの思考は迷宮に放り込まれた。
 しかし、すぐに意識が別の方向に傾いた。
赤黒い眼差しが稲妻の如くサトシとフーパを貫いたのだ。
『消……え……ろ……っ』
「え……?」
 怒りに震える声を全身で浴びると同時に、
「――――ッ」
「ふぱぁあああああ」
 身体に違和感が生じた。頭が割れそうな痛みと吐き気が波のように襲ってくる。痛みは徐々に増強され、再び意識が混濁し、電流とはまた違う刺激が骨の髄までえぐってきた。
 ≪サイコキネシス≫、旅の途中で何度か喰らったことがあった。間違いない、サトシはここで確信を得たその矢先――
「ウォーグル! ≪エアスラッシュ≫!」
 バルザの声だ。勇猛ポケモンが鋭い目で狙いを定めるとともに、紺と赤の強靭な翼が羽撃き、荒れ狂う風を起こした。その風は切り裂く刃となって闇に迫る。ウォーグルの飛行技が凄まじいスピードで無防備な闇に命中した。
 しかし――
「なにっ!?」
 言葉を失った。≪エアスラッシュ≫はたしかに直撃したはず。なのに無傷だ。効いていないのか。
 けれど同時に成果があった。闇の集中力が途絶えたのか、サトシとフーパの呪縛が解ける。ならばこのまま、注意を引き付けておかなければ――
「≪破壊光線≫!!」
 青年の指示にウォーグルはクチバシから、破壊と呼ぶにふさわしい威力を誇るエネルギーが迸った。
 直線的な軌道を描いて急速に闇を襲う。
だが邪悪な闇も黙ってはいない。
『ふ~ぱぁああああああ!!』
 闇に満ちたその身体から波導があふれ出ては、胸の前で収束する。
 ――≪悪の波導≫か!?
 サトシが相手の動きを察知したその瞬間に、≪悪の波導≫がウォーグルの技に激しくぶつかった。そのまま≪破壊光線≫を飲み込み、ウォーグルの身を追い詰める。
「~~~~~っ」
「ウォーグル!!」
 爆発音。巻かれる煙。直撃を喰らったウォーグルは吹き飛ばされ、翼をもがれた鳥のように墜落していく。瀕死状態だ。
 バルザたちは苦々しく奥歯を噛みしめた。たったの一撃で戦闘不能まで追い込む威力。窮地に立たされ戦慄する。
 次の瞬間――
 赤と青の閃光が圧倒的なスピードで夜空を切り裂く。
「くぅううううううん!」
「ふぉおおおおおおおお!」
 目も追いつけない速力に闇が焦った。ラティアスとラティオスが一気に接近し、その目前で≪竜の波導≫をお見舞いする。
 闇が怯んだ。さらにたたみ掛けるために次々と攻撃を仕掛ける。
「今のうちだ!」
 バルザの号令にサトシたちは踵を返した。
「ラティオス、ラティアス、頼む!!」
 彼らは暗闇のなかへと駆け出して行った。
啊咧咧,又挖坑不填哎╮(╯▽╰)╭

告别真新镇后不知经过多久,擦伤,砍伤,朋友的数目,让我有点自豪,那时候因为流行而跑去买的,这双轻便的运动鞋,现在成了,找遍全世界也找不到的,最棒的破鞋子……
口袋中心·绿宝石·改(更新1.6.4版)
【口袋中心出品】魂银·壹式改点壹(全493)    【科普向】魂银中少有人注意到的洛奇亚传说故事
宝可梦卡牌 / 限定精灵图示    好吧,这是官方微博-_-    好吧,这是我的微博-_-
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 楼主| 发表于 2015-12-20 23:11:26 | 显示全部楼层
ラティアスとラティオスの加勢のお陰で、ポケモンセンターから離れることができたサトシたちは、無事にビルの裏側に回り込んでいた。
 そしてセレナとシトロンは、バルザたちに状況説明を要求していた。
 兄妹はアルケーの末裔であり、その先祖がアルセウスと心を通わせていたこと。創造ポケモンから、自然と通じ合う力を授かった者だと。かれらの曽祖父であるグリスが"いましめのツボ"を造り上げたことを。
「封印された能力がフーパを襲うのはなぜですか!?」
 シトロンが驚愕しながら疑点を指摘すると、青年の面差しが険しいものになった。
「今ので分かったことがある……」
 凶暴さを漲らせる赤い双眸と、邪悪なオーラを脳裏に浮かべながら、バルザはなにかを辿るように両手の凝視する。漠然とだがはっきりとバルザは感知したのだ。邪悪な闇からフーパを守るために、手をかざして気を送りこむときに、そして、闇と対峙しているときに――
「フーパの意識を消そうとしている正体、それは"怒り"だ」
「怒り……?」
 サトシのまつ毛が震えた。その言葉を咀嚼し、手の平で左腕を擦りながら、思案に沈むようにゆっくりと目を伏せる。琥珀色の瞳が鋭くなった。
「100年も封じ込められた怒りや憎しみが膨張したんだろう」
 怒りの塊が"影の意思"を生み出したのか、サトシはそう整理すると、額から一筋の汗が流れる。
 そこでメアリが気が動転したかのように、兄バルザに詰め寄った。
「そんな! もともとフーパの能力だったのに!」
「あの闇はフーパにしてフーパにあらず。言わば、フーパの『影』だ」
「『影』……」
 驚きのあまりに言葉が出てこなかったその矢先――
「……っ」
「なに!!?」
 なにかが地響きを立てて落下したその衝撃が、アスファルト全体をぐらりと揺らし、サトシたちの足を崩した。ここまで距離があるにも関わらず、余波と振動音が届いたのだ。
 メアリの顔が真っ青に染まる。このままでは100年前と同じように、デセルイティは壊滅の一途を辿ってしまう。
「どうしよう……兄さま……」
 思わず縋るように両手を握り締めると、小さな金属音が指の間から零れた。無残に砕け散った壺の亡骸がを見つめる。形を保っているのは黄金の小さなリングと、フーパの顔を象ったフタだけ。
 曽祖父グリスが生きててくれたら、知恵を貸してくれただろうか。
 底知れぬ絶望感に浸ったそのとき、青年バルザが突然、目が覚めたように瞠目した。
「まさか!」
 高ぶる気持ちをそのままに壺の亡骸に手をかざす。すると、優しくて暖かな光が黄金色に輝き始めた。バルザにとって、それは一筋の光に見えた。
「まだ手はある!」
 その思い掛けない一言に、全員の表情ががらりと変わった。
「もう一度作ろう、"いましめのツボ"を!」
「で、できるんですか!?」
 サトシは弾かれたように大声でバルザを凝視する。
「あぁ。この"フタ"と"リング"さえあればな」
 青年は凛とした声で答えた。
「そして……ひいじいさまがの力が残っているデセルタワーで、おれたちが力を使えば」
「待って兄さま。私たちはまだ修行中の身よ!」
 戸惑いと不安に眉を寄せ、メアリは制止の声をあげる。
「ポケモン達の力を借りなければ、ひいじいさまみたいに壺を創り出せないわ!」
「そんな事は分かっている!」
 焦燥心に染まった声が鞭のように空気を打った。心臓が止まった気がした。気まずい沈黙が流れるなか、バルザは落ち着きを払おうと肺に溜まった空気を押し出す。
「すまないメアリ」
 静寂を破るようにバルザはモンスターボールを手に持った。なかには青年の相棒ウォーグルが待機している。
「事情を話して、協力してくれるポケモン達を探す」
 青年の声調はあくまで冷静だった。メアリは不安げに兄の顔を見つめる。
「兄さま……」
「やるしかない!」
 "影"の暴走に歯止めを掛けるには、もう一度"いましめのツボ"を復元させるしか方法は無い。兄の言葉に、メアリは遂に覚悟を決める。
「ぴかぴ」
「あぁ」
 迷ってる暇はない、サトシとピカチュウも阿吽の呼吸で頷く。二人の決意を肌で感じたサトシは頬を引き締め、腰のホルダーから2個のモンスターボールを手に取った。
「ゲコガシラ、ヒノヤコマ、君に決めた!」
 夜空に向けて高々と舞い上がるモンスターボールから、"火の粉ポケモン"と""泡蛙ポケモン"が鳴き声をあげて登場した。ヒノヤコマはサトシの右腕に、ゲコガシラはその足元に待機する。レベルの高いその2体に青年バルザは声を呑んだ。
「サトシくん……」
「"火""水""土"、3つの自然の力が必要なんですよね?」
 ヒノヤコマは欢蹰放射、ゲコガシラは水の波導が使える。こちらもまだまだ修練を積まなければいけない身だが、みんなで力を合わせればできるはずだ。
 残りは【地】の力だけ。
「シトロンはホルビーのマッドショット"を頼む」
「分かりました! ホルビー!」
「私も協力するわ! テールナー!」
 これで3つの自然の力がすべて揃った。
 あとはデセルタワーを目指し、"いましめのツボ"を完成させれば――
「みんな離れろ!」
「……!」
 黄金のリングが出し抜けに出現した。内側から実体化した"影"が、こちら側に移動しようとしている。フーパの本体がここ存在していると突き止めたのか、そう全身を強張らせる。
 だが"影"の顔が勢いよく突っ込んだ次の瞬間、透明な膜に阻まれてしまい、元の空間へ弾き飛ばされてしまった。
 バルザは吃驚する。まさか"戒め"の効力がここで役に立つとは。
 だが一定の距離であれば、屈強たる腕は制約を受けることなくリングを通過できるらしい。
「ピカチュウ、10万ボルト!」
 高威力の電撃を浴びさせると同時に、あのリングが消滅し、どこか遠く離れた場所から爆発音が鳴り渡った。
「出発しよう!」サトシは叫ぶ。
 フーパが安全でいられるのは、ラティオス達が"影"の動きを封じているおかげだ。しかし、いつまでもその均衡が保っている保証はない。
 急がなければ。サトシが走り出そうと地を蹴り出したその次の瞬間だった。
「サトシ! リングを使おうよ!」
 ユリーカが危機迫った表情を浮かべながら提案した。幼い子供にとって、"影"の脅威に身を竦むのだろう。だがメアリがすぐに頭を横に振った。
「だめよ! フーパが!」
 シトロンたちがハッとする。フーパは"戒め"の意味を悟ってない現状では、制約によって光輪を通ることはできない。名案とは言い難かった。
 ここからデセルタワーまでは距離があり、到着するまでに時間を要する。リングの能力を使えば一秒でも早く"いましめのツボ"が復元できるが、影に追われているフーパを置いて行くわけにはいかない。もしも邪悪な"影"がフーパを乗っ取ってしまったら、それこそ本末転倒だ。
 苦渋の決断が迫られるなか、不意に、サトシの声が朗朗と響いた。
「俺、フーパの傍にいます」
「ぴっか!」
「サトシくん!?」
 その言葉を聞いた途端、バルザとメアリは驚愕で口籠った。
「だ、駄目だ! 君にも危害が及ぶ可能性があるんだ!」
 少年1人だけに重荷を背負わせるわけにはいかない。また彼の体力は"影"の攻撃などで消耗しているのだ。これ以上の無茶を強いれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。
 バルザとメアリがその申し出に躊躇するばかりだが、それでもなお、サトシは毅然とした態度を崩さず、安心させるように柔らかく口角をあげた。
「心配しないでください。それに……」
 フーパがサトシの青いシャツの袖を控えめに引っ張っていた。自分の背後にその身を隠しているフーパに、サトシは振り返る。その翠の瞳がなにかを恐れるように揺れていた。泣き出す寸前まで歪むその小さな表情にも、どこか心許ない。
 守らなければ。その不安定な心を包み込むかのように、サトシは優しく言葉を紡いだ。
「言ったろ、俺たちは友達だ」
 目線の高さが同じになるように屈めば、黒髪がふわりと舞う。大丈夫だと胸を叩き、眩しい笑顔をフーパに注いだ。
「だから、フーパを守るのは当然だろ?」
「サートン……」
 サトシは白い歯を見せ、フーパの左頬をくすぐるように撫でる。不安げに揺れる緑の瞳がぱあっと輝いた。
 それを確認したサトシは、バルザたちをまっすぐに見捉えた。その琥珀色の双眸からは、強い意志力が沸きあがっている。それを正面から受け止めたバルザたちは、思わず大きく胸を波打たせた。
「俺は大丈夫ですから、バルザさんは壺を!」
「……すまないサトシくん」
 今度こそ何も言えなくなった。彼が固めた決意を、誰にも止められないのだと悟ったのだ。目の前の少年は、強い。
「フーパのことを、頼む!」
「ありがとう、サトシくん」
 バルザとメアリの言葉に、サトシは緊張した面持ちで頷く。
「シトロン、ゲコガシラとヒノヤコマを頼んだぜ……」
「分かっています。ピカチュウはサトシのこと頼みましたよ!」
 シトロンの言葉を聞いて、黄色い相棒はサトシと同じように頼もしく胸を叩いた。サトシが思わず苦笑する。
 そして、リングが幅が3メートルほど広げられた。みんなが次々と空間移動をするなか、セレナはサトシの方へと振り返り、声を奮わせて言った。
「サトシ、気をつけて……!」
 くしゃっと顔を歪め、唇をぎゅっと結んでいた。眉根を寄せては、大きな蒼眼を不安そうに見開いている。
 そんな彼女の懸念を吹き飛ばそうと、サトシはニカッと笑った。
「分かってる。さあ、早く!」
「うん!」
 セレナは大袈裟に頷いてから、リングの内側へと飛び込んで行った。
 ――頼むぜ、みんな……
 デセルタワーへと向かったバルザたちの背中を見送ってから、サトシは鋭く呼気を吐き出す。
 自分の任務はフーパを最後まで守り抜くこと。失敗は許されない、そう意気込んだ次の瞬間、ピカチュウが注意を喚起すべく、焦った様子で叫んだ。
「ぴかぴ!」
「来たか……っ」
 サトシが瞬時に顔色を変えて身構える。"影"のリングが姿を現したその途端、一瞬の油断も許されない状況に変わった。リングは自由自在にすばやく現れ、好きなように飛び回っている。神出鬼没のリングの行動は読めそうにない。唯一の救いは"影"の本体が、その姿を現せないことだった。
「フーパ、俺から離れるな!」
 サトシは鋭い声で叫び、腕の中にいるちいさな身体を再度抱きしめる。
 さあ、追いかけっこの始まりだ。
 相棒の電撃で追い払い、全速力で逃げ回る。だが"影"のリングは、どこまでもどこまでも、執念深く追いかけてくる。リングが目前に現れるたびに心臓が掴まれた気分だった。まるで透明な壁が、サトシたちの行動に制限をかけているみたいだ。言ってみれば、八方塞りそのものだった。
 サトシは奥歯を噛み締める。だったら片っ端から壁をぶち壊して道を開くまで。
「ピカチュウ! 10万ボルト!!」
「ぴ~かあ~ちゅううううう!!」
 ピカチュウも業を煮やす思いで、全身全霊で撃退していく。"影"の腕から逃れるために、サトシたちは俊足で静寂の街を駆け抜けた。
 夜はまだ、明けそうにない……

吹き抜け構造である大聖堂のなかで、バルザたちの靴音がリズムよく響き渡っている。まるで時が止まったかのような静寂が、この空間を包み、誰もそれを破ろうとはしなかった。
 すると歩みを進めていたバルザが不意に、立ち止まった。青年はモンスターボールを手に取り、高い天井に放り投げた。その姿を現したのは、隕石ポケモンに分類される、太陽の形をしたポケモンだった。
「ソルロック、フラッシュ怢!」
 陽射しのようなあの眩い閃光が、大聖堂の全てを照らしていく。
 ここは旅人グリスが"いましめのツボ"を創造した場所だった。その厳然たる空間の中心には、祭壇があり、まるで神様が本当に存在している気がした。無意識に身が竦む。パワースポットとはまた違う、重苦しい雰囲気が漂っているのだ。
 その祭壇のうえに、バルザは静かに壺の亡骸を置いた。金属音が小さく響く。バルザはそれを合図に、全員に号令を掛けた。
「みんな準備を!」
「はい!」
 シトロンたちは三角形を描くように、その祭壇を中心に囲んでいく。
 バルザとメアリは壺の亡骸を挟むような配置に立った。両の手を胸の前に掲げ、緊張の息をゆっくりと吐き出した。心臓の奥がきゅっと痛くなり、心拍数も劇的に上昇する。感覚が鋭敏になるのが嫌でも分かった。
 そして、なによりも――
「……ひいじいさまのチカラを感じるわ」
 妹メアリと同じ感覚を、バルザも抱いていた。
「ああ、俺たちのなかに流れてくる……」
 100年の時空を越えた現在でも、曾祖父が残した、その圧倒的なパワーがこの空間を漂い続けている。それが兄弟の全身を支配するようで、知らず身震いする。
 またシトロンたちも同じような気持ちだった。緊張の糸がシトロンたちの身体を絡み、呼吸ができないほどまで縛り上げてくるのだ。
 だがここで、アルケーの一族以外の人間が、精神的に参っても仕方がないのだ。シトロンとセレナは自分を叱咤して、ポケモン達の緊張を解すように穏やかな声で語りかけた。
 いよいよ、壺の再生が始まろうとしている。
「時よ、空よ、あまねく森羅万象よ。我、ここに求めん……」
 バルザとメアリの黄金色の首飾りが、輝きだす。
「"火"と"水"と"土"の力をもって、失われし封印を蘇らせよ!」
 青年の言葉に反応するかのように、対数螺旋のような光が祭壇のうえで生まれる。その流れに誘われるように、原型をとどめた"フタ"と"リング"が、回転しながら浮上してきた。
 バルザとメアリの首飾りも、より強い輝きを放っている。一般人であるシトロンたちも、身体の内側から力が湧いてくる感覚を覚えた。この神秘的なチカラに大きな感動さえも抱く。これがアルセウスのチカラなのか。
「みんな、今よ!」
 すべての神経が磁石に吸い寄せられるかのように、台座に鎮座する壊れた壺の亡骸に集中する。
「ホルビー、マッドショット!」
「テールナー、ヒノヤコマ、欢蹰放射!」
「ゲコガシラ、水の波導!」
 全員の指示が異口同音に反響した。
 

 *+*+*

 
 ”影”の追駆からやっとの思いで振り切ったサトシたちは、飛び込むように高層ビルの路地裏へと身を隠した。流汗がうなじや背中を伝って、びっしょりと黒シャツを濡らしている。
 息切れのなか、即座に耳を澄ましてみる。気配は感じない。なんとか跡を暗ませることに成功したらしい。
 安堵の息を漏らすと同時に、サトシは相棒とフーパの状態を一瞥した。
「ピカチュウ、フーパ、大丈夫か?」
「ぴかぴ、ぴーか!」
「うん……」
 息切れ交じりだが元気そうな声が聞けて、思わず気が抜けた。ずっと走り続けてきたのだ。休息を取らなければガス欠を起こしてしまう。そう思い、壁に背中をぶつけてずるずると座り込んだその刹那、琥珀の瞳がおおきく揺らいだ。
 ――また、だ……
 なにかが不意に、サトシの胸中を荒々しくかき乱したのだ。反射的に左腕を擦る。
 バルザとともに状況整理や対処を話し合っていたときも、フーパの身を守るために影から逃げ回っていたときも、サトシは恐怖とは別の、まるで身体中を奔走するような怖気をもてあましていた。最初に感じたのは、"邪悪な闇"がサトシとフーパを飲み込んだときだったか。
 ――いや、違う……
 サトシは瞑目して、思いを凝らした。冷静に心を鎮める。一度、二度、三度と、息を吸っては吐いてを繰り返していく。
 その瞼の裏に現れたもの。それは、怒り狂ったように漲る"影"の赤い双眸であった。
 あの鋭利な眼光に呑まれた瞬間から、サトシのなかに、全身を斬り刻む感覚が居座り続けているのだ。忘れようにも忘れられない。まるで心の奥底まで沈み込んでいくようで、古傷が疼き、いまでも心臓が嫌な音を立てていく。
 そこでなんの前触れもなく、サトシの頭のなかに"影"の叫び声が流れてきた。『消えろ』『貴様は消えろ』と、憎悪を剥き出しにして訴えてくる。直接聞いたわけではないのに、ぶわっと鳥肌が立った。
「…………」
 これは何なのか、何が原因なのか。サトシはその正体を掴むために、胸に手を当てて思考を巡らせてみた。
 本来、邪悪な"影"はフーパ自身の能力であった。しかし怒りの感情を抱いたそれは、フーパの意識を掻き消そうと躍起になっている。旅人グリスが100年前に"いましめのツボ"に封印するまでは、お互い同じ存在として生きてきたというのに。
 ふと今日起きた出来事を、1枚1枚とページをめくるように、頭のなかで丁寧に思い浮かべてみた。
 フーパ、邪悪な闇、青年バルザの言葉、"影"の姿、そしてあの叫び……
 思い出せば思い出すほど、あの感覚がまた、サトシの意識に強く働きかけてくる。胸が騒いで、落ち着かない。
 しっかりと目を瞑り、心の奥に意識を潜り込ませてみた。心臓の音だけが聞こえてくる。ただ静かに、嘆息を漏らした。
 すると身体中に巡っていたあの感情が、サトシのすぐそばに通り過ぎた気がした。咄嗟に、逃がさないようにぎゅっと捕まえる。するとそれは、駄々をこねるように暴れ出した。サトシは驚く。どうして暴れ回るのか、問い掛けるように優しく握り直してみると、それは急に大人しくなる。かと思えば、泡が弾けるように、その手のなかへ溶け込んでいった。
 思わず息を止める。空虚となったその掌から、サトシは目が離せなかった。胸に穴が開いたような気がして、そのなかを冷たい隙間風が通り過ぎていった。
「…………」
 ゆっくりと目を開ける。その頃にはもう、あの感覚が悲鳴をあげることはなかった。目の前にある自分の右手を、爪が食い込むまで握り締める。
「なあ、フーパ?」
「ん?」
 小首を傾げて自分の顔を覗き込んでくるフーパに、サトシは視線を送った。
 しばしの無言。それから、躊躇いながらもゆっくりと口を開いた。
「……俺、"影"と話がしたい……」
 翠の大きな瞳がまんまると見開かれた。一瞬なにを言われたのかさえ、よく理解できなかったようだ。サトシはそれに気づかないままさらに言葉を重ねる。
「もう閉じ込めないから……こんなことは、やめようって」
 驚きの余り息を飲んだ。
「だから俺……」
「い、嫌だ嫌だ! "影"、フーパ消そうとする!」
 ここでようやく、フーパが言葉を口の端にかけた。硬く目を閉じては肩を縮め、我に返ったようにぶんぶんと頭を振り続けた。震えが止まらない。怖いからだ。涙声には拒絶の響きが物語っている。
 サトシはそれを分かったうえで、まるで小動物をやさしく抱えるように、フーパの視線を、自分の視線の高さまでその小さな身体を抱きあげた。そしてそれほど大きくはない声が、摩天楼に強く響いた。
「"影"、すごく苦しそうだった」
「……ふぱ?」
 弦を震わすようなサトシの声が、フーパの身動きを止めた。意を決した彼の面持ちに、ピカチュウも無意識に背筋を伸ばしてしまうほどだった。
「おまえと一緒で、暗くて怖いだけなんだ!」
「…………」
 フーパは身体を硬くさせ、その視線から逃げるように目を伏せる。それでも強い光を宿した琥珀色の視線を肌で感じ、フーパの瞳が再び忙しく揺れ、その呼吸も荒くなった。
 怯えるその身体を落ち着かせるように、サトシは指先でその頬をそっと撫でた。
「どうすればいいのかまだ分からないけど……俺はおまえも"影"も、助けたい」
 腕に力を込めるサトシの声音に迷いはなかった。目の前のフーパも、あの"影"も、もともとは同じ存在なのだ。放っては置けない。
 これからどうすべきか思慮を巡らせつつ、フーパが平静を取り戻すのを待っていると、不意に、その小さな口許から不安を滲ませた声が零れた。
「ねぇ、サートン」
 硬い表情で躊躇いながらも、サトシにゆっくりと焦点を向けて、恐る恐るといった様子で呟いた。
「フーパ、"影"と仲直りできるかな?」
「……なかなおり」
 胸中でその言葉を噛みしめるように繰り返すと、サトシの表情が綻んだ。
「そうだよフーパ! "影"と仲良くすれば――」
 だがそこで胸騒ぎと、何かが自分の背後に迫るその気配が、サトシの言葉を遮った。サトシは反射的に地を伏せるように、フーパを抱えて守った。その視界に"影"の腕を捉え、胆が冷えた。危なかった。もう見つかってしまうとは。
 屈強な腕は方向を変えて、再びこちらに襲い掛かってくる。サトシたちは即座に逃げ回った。
 足でしっかりと地を蹴りながらも、サトシは一度だけ、ちらりと腕を見つめた。
 "影"はフーパを捕まえることに一心不乱だ。可能であれば闘いたくはない。が、今はそれどころではない。分かっていたことは言え、"いましめのツボ"に封印するしか手段はないのか。ぎりっと奥歯を噛み締める。
 何にせよこの狭い路地ではこちら側が不利だ。"影"の猛攻撃から回避しつつ、大道路まで駆け出さなければ、そう暴れ出す心臓に構うことなく、疾走する。
 あと少しで出口だ。
 そう思った瞬間、赤い何かが悲鳴とともに、凄まじいスピードでサトシの視界を横切った。衝突音。アスファルトが砕ける音。サトシは蒼白顔で叫んだ。
「ラティアス――!」
「くぅうううううううん!!」
 来るな! そう聞こえた。威嚇のような響きに衝き動かされたように、サトシは反対側に目を転じると、息を詰めた。まさか"影"の本体と鉢合わせるとは。邪悪な"影"は殺意を迸りながら、今にもその口元から悪の奔流を吐き出すつもりだ。
「ピカチュウ――!」
「ぴ~か~ちゅうううううううう!」
 瞬息で指示を飛ばした瞬間に、ピカチュウは黄色い閃光を撃つ。悪の波導栢樰ㄢ 万ボルトが一直線に衝突し、火花を飛散させながらお互いの威力を相殺した。
 互角か? だが体力面ではどちらが上なのかは明確ではない。
 短い間に情報を頭のなかに集めるなか、今度はラティオスが腕を畳み、"影"に目掛けて直進する。圢洰錰渰娰搰き怢。ラティオスは"影"の気を引いて、サトシたちをこの場から退避させるつもりなのだ。
 だが圢洰錰渰娰搰きが相手を捉えるそのとき、赤く黒ずんだあの双眸が、鋭い光を放った。
「――っ!?」 
 ラティオスの渾身の一撃が当たるその直前で、"影"の姿が濃い闇へと溶けていったのだ。まるで瞬間移動のように。だがおかしい。"影"は"戒め"の制約を受けている今、空間と空間を自由に渡ることはできないはず。
 ――なにがどうなっている!?
 混乱に飲み込まれた瞬間、あの黄金の光輪がサトシの目前に出現する。否、サトシの目の前だけではない。
「これは……!」
 周囲六方、リングは円を描くようにサトシたちを包囲する。光輪は邪悪な輝きを帯びていくその瞬間、サトシの身体のなかで警報が鳴り響いた。
 それから無我夢中だった。6つの黄金のリングから"影"の腕が飛び出すその寸前に、サトシはフーパを胸に抱き寄せ、衝撃に備えるために身体を硬直させた。
「ぐは……っ」
 視界がブラックアウトする。一泊置いて途方もない打撃がサトシの全身を踏み躙った。"影"がサトシに目掛けて拳を飛ばしたのだ。その衝撃で、サトシの身体は勢いのまま地面の上にころがっていく。何度かバウンドし、ビルの壁に当たってようやくその動きが止まる。
 飛ばされた距離は約15メートルだろうか。焼けるような痛みにたまらず苦悶の声を上げる。炎症だ。背中を強打したのか、つうと血がその上を走る。身を苛むような激痛から解放されそうにない。
「ぴかぴぃいいいい!!」
 ピカチュウは絶叫しながらその身に電気を溜めこみ、一瞬で全方位にㄢ 万ボルト鈢解放した。しかしその直前で、6つのリングは消滅する。
 ここから離れた場所にその姿を現した"影"とラティオスたちが交錯するなか、ピカチュウは真っ先に主人のもとへと駆け寄った。
「ぴかぴ! ぴかぴ!」
「サートン!」
 自分を呼ぶ声がする。薄れゆく意識を研ぎ澄まそうと、相棒とフーパの声に重たい瞼を持ち上げる。ラティオスとラティアスが反撃に身を躍らせているその姿を目の端で捉えながら、サトシは言葉を紡いだ。
「へへ……っ心配、すんな……って……」
「サートン……」
 虚勢を張るその姿を目の当たりにして、フーパの表情が凍る。翠の瞳がゆらゆらと泳ぎだした。
 サトシは苦笑する。だいぶ動揺させてしまったらしい。トレーナーとしては失格だと場違いなことを考える。さて、いい加減に体勢を立て直さなければ、そう筋肉に力を込めるも、すぐには身体が思い通りに言うことを聞かないらしい。
 意識せずに歯斬りする。焦りと苛立ちばかりが増した。休んでいる暇はない。無理にでも気丈に振る舞わなければ、一気に不安が伝染する。パニックにでも陥れば、勝負が一瞬で着いてしまうだろう。
 大きく息を吸い込み、立ち上がろうとした瞬間――
「フーパ?」
 守らなければならないその小さな身体がサトシの腕から離れ、ふわりと宙に浮いた。決して大きくはないその背中を、サトシは見つめる。なぜ? 単独で行動したら危険だというのに、どうして自分の元から離れるのか? サトシの右腕が必死に、そのあと追う。激痛に苛まれながら上半身を起こすと、不意に、フーパが勇気を奮い立たせるように高々と叫んだ。
「フーパ、サートン守る!」
「!?」
 琥珀色の瞳が驚きに丸くなる。ちいさな背中から、あの覚束ない印象が消え去っていた。
 フーパは背筋を伸ばし、耳元にある2つのリングを持ち上げる。まるで祈るように懇願するかのように、強い想いをリングに乗せた。翠の瞳が射抜くように"影"を捉える。
「お~で~ま~し~!!」
 フーパの声に呼応するかのように、放たれた二つの黄金の光輪が大きく大きく広がる。その内側から力に満ち溢れた輝きが夜空を照らした。一方からは風の渦が吹き荒び、もう一方からは逆巻く海流が放出される。
 なんて威力だ。吹き飛ばされないように地に這いつくばるだけで精一杯だ。まるで激浪のような風が止むのを確認してから、サトシはやっとの思いで上半身を起こした。いま何が起きたのか、それを突き止めようと瞼を押し上げると、サトシは驚きに息を止めた。
 東洋龍のような姿が、その視界に飛びこんできたからだ。闇をより深く彩るような黒い閃光が、とぐろを巻きながら雄叫びをあげていた。体長は10メートルに及ぶだろう。その独特な文様が金色に輝かせては、その周囲の空気を圧していた。間違いなかった。あれは色違いの天空ポケモンレックウザだった。
 だがそれよりも、目を奪われる光景がサトシの視界に広がっていた。巫女の笛に似た、美しい調べを伴うあの海の声が鳴りわたる。
 まさか。サトシは背中の痛みを忘れ、誘われるように立ち上がった。
 渦潮が宙で四散するとともに現れた、夜の世界に映える、白銀の翼竜。水に適応するために丸みを帯び、全身が羽に覆われた姿。ダイヤモンドを散りばめたような海の水飛沫が、白い翼をより一層と美しく際立たせている。
 深層海流を象徴する『海の神』と呼ばれしポケモン――
「ルギア……」
 あまりの神々しさに思わず漏れたその声に、ルギアが反応した。力強いその眼差しに、サトシはわずかに肩を震わせて後ずさった。まるで人間の価値を値踏みするような、試しているような、凛としたあの声が脳の深いところまで浸透していく。
『……優れたる操り人……』
 サトシは息を呑んだ。かの名称を聞いて、不安げに問い掛ける。


【小説版】光輪の超魔神  挿絵 ① / ラティアスは俺の嫁!

「ルギアなのか?」
 確信ある響きで名前を呼んでくれたのが嬉しかったのだろう、ルギアは瞳をやわらかくして頷いた。そして、サトシの傍にいる小さなポケモンに優しく語りかけた。
『私に助けを呼んだのはきみだね?』
「ふぱ?」
 翼竜の存在感に圧倒されたフーパは、ただ唇を震わせるだけで声にはならない。その代わりにサトシが言葉を返した。
「いいのかルギア?」
 ルギアは暖かな眼差しをかれらに注いだ。それからその身を翻す。黒いレックウザとアイコンタクトを取りながら、あの"影"と対峙した。海の神は羽を奮わせて、攻撃態勢に入る。
『大歓迎だ!』
 咆哮をあげて、弾丸のごとく飛び出した。
『おまえたちは下がってなさい!』
 その号令にラティオスたちは"影"から引き下がり、ルギアとレックウザの進路を開けた。ルギアがドラゴンダイブ朢速攻するその姿を、ラティオスは視界の端で捉えながら、サトシの頭上を滞空した。そのまま高度を下げる。
 重症の身では機敏に動けないと見て取れたのだろう、ラティオスはサトシとフーパを、ラティアスはピカチュウを自分の背中に乗せて、再び浮上した。
 その合間にも、黒いレックウザの竜の波導が"影"の肩に命中する。
「すごい」
「ぴーかぁ」
 必然と感嘆が漏れる。
 だが"影"もやられっぱなしではない。"影"は6つのリングをルギアとレックウザの周囲に飛ばし、その内側から大量の砂をばら撒いた。それらをサイコキネシス朢操り、ルギアたちを砂嵐の中に閉じ込める。『牽制』の役割があるのだろう。吹き荒れる風と砂塵の勢いが増した。それはルギアたちの視界を閉ざし、口と鼻もふさいで、その呼吸さえも奪う。
 だがルギアは負けじと身を震わせてサイコキネシス鈢稰動、砂塵をすべて吹き飛ばした。
 海の神はいともたやすくこの窮地を撃破したのだ。それだけに止まらずに白銀の翼を広げると、瞬時に"影"と距離を狭める。
『!?』
 ゼロ距離だ。ルギアは顎門を開きエアロブラスト鈢稰動させた。螺旋状の風が"影"を拘束し、かまいたちとなってその身を蹂躙する。そのまま轟音を立てて"影"をアスファルトの上に叩きつけた。
  地が裂け、"影"は激痛に叫喚する。その怯んだ隙を、黒いレックウザは見逃さない。
「きゅりゅららららぁああああ!」
『――――!』
 上空で待機していたレックウザはすでに、積乱雲を成熟させていたのだ。
 刹那、重く垂れこめた空から稲妻が光条となって"影"を貫いた。派手な爆発音とともに黒煙が膨れ上がり、衝撃波が周辺の窓ガラスを粉砕した。電気タイプのなかで屈指の威力を誇る技だが、次元がまったく違う。
 海の神と成層圏の主が共演した『疾風迅雷』に、サトシは胆が冷えるのを感じた。敵に回せば脅威になるが、味方になるとこうも頼もしいとは……
 ルギアと黒いレックウザはそこから距離を取って、サトシたちの方へと移動した。黒煙のなかを、かれらは固唾を呑んでじっと見守る。
 次の瞬間だった。"影"が爆煙と砂塵を連れて急上昇するその姿が、サトシたちの目に映った。あれほどの連携技を耐えきるとは、サトシの額から汗が流れる。
 状態異常は引き起こしていないようだった。"影"は憤怒と怨恨を重ねて咆哮をあげると、リングが6つ、影の周りを囲むように展開した。
 ……瞬間、空気に重みが増した。どこからか電流が大気中に流れているのか、肌がビリビリと痛み、身体が否が応でも硬直する。その空気が肺の奥まで侵入し、身体の内側から息苦しい圧迫感を引き起こした。
 未知の恐怖を覚える――いや、違う。この気配を、サトシは知っている。
 心臓が悲鳴をあげるなか、小さな変化でさえ見逃すまいと両目に意識を集中させる。耳を澄まし、早鐘のような鼓動を鎮めると、6本のリングが一斉に燦爛たる光線を発した。
「!!?」
『あれは――!?』
 サトシとルギアが目を瞠る。
 リングがこことは異なる空間へと繋ぎ、その内側から、滅多に見ることのできない生き物が出現した。
 時間を司る神"ディアルガ"。
 空間を司る神"パルキア"。
 反転世界の王"ギラティナ"。
 海の化身"カイオーガ"。
 陸の化身"グラードン"。
 氷の化身"キュレム"。
 伝説と謳われしポケモンがデセルシティに集結した。
 サトシは戦慄する。"影"は苦し紛れにフーパの真似をしたのだ。
 時空反転眰砰氷山など、その大自然に絶大な影響力を及ぼす物恐ろしいエネルギーが、乱れては反発し、デセルシティ全貌に重圧を掛けている。
 だがさらに驚くべきことがあった。各々の双眸に染まった、あの獰猛な赤い色。シンオウ伝説、ホウエン伝説、イッシュ伝説、どれも邪悪な気配に操られている証拠だった。
「サイコキネス朢操っているのか――!」
『そのようだな』
 全身の血が凍った。神と崇められしポケモンの能力はケタ違いだ。云わば数の暴力。
 無論、ルギアたちを信頼している。けれど端的に言って、4vs6という構成はあまりにも形勢不利だ。一歩間違えれば"死"に繋がるだろう。大粒の汗が額から顎の輪郭を伝って滴り落ちる。
「ぴかぴ」
「……!」
 相棒の声でハッとする。考えるのは止そう。精神を水のなかに静め、全神経を研ぎ澄ませながら、語り継がれる神々たちを緘黙と睨み据える。トレーナーの俺が揺らいだら、勝てるものも勝てなくなる。心の奥底に潜んだ恐怖をすべて焼き尽くそうと、憤然と闘志を燃やした。
「相手にとって不足はないぜ!」
「ぴかちゅう!」
 誰が相手であろうと、"いましめのツボ"が完成するまで耐え抜いてやる――
啊咧咧,又挖坑不填哎╮(╯▽╰)╭

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 楼主| 发表于 2015-12-20 23:14:21 | 显示全部楼层
夜空の下で、パトカーのサイレンが赤く尖ったような音をあげていた。その赤色灯が照らすのは、人間が恐怖に顔を歪ませて逃げ惑うその姿だった。だがどこに逃げればいいのか分からない。人間と人間が何度もぶつかれば、さらなるパニックを呼び寄せてしまうのは言うまでもなかった。
 その影響が交通にもおよぼしてしまい、どこへ行っても悲鳴や罵倒が飛び交っていく。
 その刹那、またどこかで爆発音が鳴り渡った。くゆらす黒煙が鼻孔を刺激する。それが混乱状態に拍車を掛けるのか、ジュンサーの指示を掻き消すほどの無数の叫び声が湧き上がった。それが人々の心をおびやかす。まさに悪循環であった。
 デセルシティに棲みつく野生のポケモンたちも、また、この場から離れるために、広大な砂漠へと大移動を開始していた。上空に姿を現した、神と呼ばれしあのポケモンたちがその目に飛び込んできたからだろう。早く逃げなければ。その焦燥心が、野生たちを突き動かしていく。
 

 *+*+*+*


 デセルシティ上空で、伝説と伝説が空中戦を展開するなか、"影"が突然、咆哮をあげた。それに従うように邪悪な伝説たちが攻撃態勢に入る。その身体の内から高エネルギーが迸り、波紋のように広がっては収縮する。
 竜鋼闇水地欰氷悪蔰溍エネルギーが空気を集積させ、螺旋状の風が、”影”を中心に吹き込ませていく。遠く離れた場所から対峙するサトシも、エネルギーの密度が上昇しているのが肌で分かった。その勢いは止まることを知らない。周囲を轟かせ、目に見えぬ牙となって摩天楼の壁や窓ガラスを噛み砕いていく。
「……来る……」
 "影"の雄叫びが合図だった。時の咆哮萢樰鰢穎切断樢椰渰高威力の技が一斉掃射され、渦を描きながら絡み合い、それは猛スピードで闇を切り裂いていく。サトシたちを容赦なく排除する気だ。
「迎え撃つ!」
 しかし、思い通りにはさせない。サトシもあの圧倒的なエネルギーに負けじと大声で叫ぶ。
「ラティアスたちは竜の波導! ルギアはエアロブラスト! ピカチュウは10万ボルト!!」
 全身全霊をかけて、ピカチュウは雷を身に纏い、ラティオスたちも胸を膨らまして波導の塊や風の渦を発射する。
 その刹那、お互いの高エネルギーが激突した。
 凄まじい音を立てて炸裂し、爆発と熱風、そして衝撃がサトシたちを飲み込んでいった。視界が灼熱し、全身が打ちのめされる。一瞬遅れて、さらなる衝撃音が鼓膜を揺さぶった。その余波が海面まで及び、大きな荒波を生み出しては、水飛沫を立たせた。
 黒煙が雲のように膨れ上がり、風が暴れ、砂塵は荒れ狂う。地を揺るがす轟音が鳴り響き、高層ビルも衝撃に耐えきれず崩れ始めた。
 あまりの爆風に身動きが取れず、ピカチュウたちが悲鳴をあげるなか、サトシは思案を巡らせる。この状況では体勢を立て直すどころではない。しかしこのままでは相手にとっては恰好の的になる。"影"たちは今にでも、無防備なサトシたちを蹴散らそうとするだろう。
 どうする? どうすればいい? サトシはその頭脳をありったけに回転させていくそのときだった。
「ぴかぴぃ!!」
 突然、胸元を飾るそのちいさな宝珠がまばゆい光を放ちだしたのだ。
「なんだ!?」
 鮮やかな七色だった。その光は瞬く間に大きくなり、サトシたちの全身を優しく覆い被さっていく。
 あたたかい。あまりの眩しさに目が眩んだ。空気が柔らかくなり、なぜか全身から痛みが取り除かれていく気がする。
 その数秒後に、未知なるパワーが宝珠からさらに開放された。調和を生みだすその七色の輝きが、ラティアス達にどんどん吸収されていく。
 琥珀色の瞳が大きく開かれた。身に覚えがある。進化を超えた進化……これは……
 刹那、七色の輝きが黒煙を吹き飛ばした。
「ぴ、ぴかあ!?」
 まばゆい輝きが薄れていくと、ラティアスラティオスが新たなる変化を遂げていた。
 ラティアスとラティオスの腕が巨大化したのだ。それだけではない。背中にあったであろうその立派な翼も、その巨大化した腕に移動している。スピードに特化しているのだろうか、ジェット機に近い体型になっている。赤と青の肌色も美しいライトパープルへと変わっていた。
 レックウザもまた、力強いすがたに変貌している。全身の皮膚が宝石のような質感になり、滑らかな光沢を放っている。刃状になった大顎は前方に突き出されており、元の黄色い模様が抜けたかのような長い髭は、生き物のようにその顎から後ろに流れていく。燃えるような輝きだった。
 その三体の姿に、ルギアも驚きながら言葉を漏らす。
『メガシンカか!』
「……!」
 サトシの記憶に間違いはなかった。しかしどうしてその現象が、今起きたのか?
 そこでサトシはポケモンセンターの記憶を呼び起こした。フーパがくれた胸元の首飾りに目を凝らす。まさか、キーストーンだったとは。
 それらの圧倒的なパワーに、"影"も驚きを禁じ得なかった。一際険しい表情を浮かべるが、凄まじいほどに動揺している。
「きゅりゅららららぁあああ!」
『――っ』
 黒いメガレックウザを先頭に、メガラティオス、メガラティアス、ルギアたちは残像を散らしながら、"影"と伝説たちの頭上を通過する。メガシンカしたことで強化されたそのスピードに、"影"たちを圧倒させ、空気を裂いた。耳を聾するような超高音が鼓膜を叩き、そのあとから重低音がついてくる。
 その凄まじさが強い刺激になった。
 まなじりを決した”影”が、キュレムをフォルムチェンジさせる。ゼクロムの能力を得たキュレムは、稲妻のごとく夜空を駆け抜け、フリーズボルト鈢稰動した。いかずちをまとった氷塊が、サトシたちにめがけて弾丸のごとく肉薄する。
 サトシは息を詰める。あの技を喰らったら、状態麻痺になる可能性が非常に高いからだ。
「かわせ!!」
 サトシが叫ぶと、メガラティオスたちはアクロバットな動きで回避していく。急浮上しては急降下、右に旋回したかと思えば宙返りと、次々と打ち込まれるキュレムの追撃に対応する。その機動力の高さは、一歩間違えれば、サトシとフーパは振り回すほどだ。
『……っ!』
 撃ち損じてしまったことに"影"は牙を鳴らし、ディアルガパルキアギラティナを一斉に飛翔させる。その姿を確認して、サトシはほくそ笑む。かれらをデセルシティから遥か上空に引き離すことに成功したのだ。
 サトシはさらに、一直線に並んで追いかけてくる伝説たちに指を差した。
「レックウザ!」
「きゅりゅらららああああ――!!」
 メガレックウザがその鋭い指示に呼応するかのように喊声を発すると、サトシはある技を叫んだ。ポケモン図鑑に載っている、いままで聞いたことがない技だった。
「ガリョウテンセイ!」
 エメラルド色の光の粒子が、その身体の内側から大量に溢れはじめた。その碧の輝きは瞬く間に強くなっていく。
 メガレックウザは刃状の顎を突き出し、ディアルガたちに向かって猛スピードで突っ込んだ。まるで流星のごとく闇を切り裂いていく。
 その刹那、凄まじい激突音が鼓膜を殴った。強烈な破壊力を伴った物理攻撃は、シンオウ三龍を砂漠の彼方まで弾き飛ばすのに十分であった。その圧倒的な火力に、サトシは声を呑む。
 しかしその次の瞬間、地上からの攻撃がメガラティオスたちを捉えようとしていた。
「……!」
 陸の化身だ。ゲンシグラードンの欢蹰放射が、夜空に向かって撃ち上げられた。火炎旋風のごとく立ち昇る灼熱の炎が、サトシたちに向かって急速に迫る。
「サートン!」
「かわせラティオス!!」
 逃げに転じるべく飛び退いた。吹き荒れる熱風が肌を撫で、舞い散った火の粉がその肌の表面を焦がしていく。その痛みに、サトシの顔が歪んでいくなか、メガラティオスもその痛みに負けじと、回避行動に意識を集中させる。
 だがそれが、新たなる気配を隠していくのだ。サトシたちに照準を絞り、虎視耽々とする者が大海原に佇んでいた。
「ラティオス! 注意しろ!!」
 カイオーガだった。その大きな顎門が開かれ、青白い光が球状に収束されていく。水タイプのエネルギーが極限に達したその瞬間、それは大量の矢となった。
 全体攻撃だ。それは直線的な軌道を描きながらサトシたちに迫撃してくる。その圧倒的なスピードと威力に、サトシは息するのも忘れて的確な回避命令を下した。
 だがどれほど機敏に回避しても、根源の波導がサトシたちの退路を次々と奪ってはその範囲を狭めていく。攻撃時間の長さに、サトシは歯を噛み締めた。これでは反撃に転じることができない。
 そして遂に、一本の矢が、メガラティオスの片翼に命中してしまった。
「うわぁああああ――――!!」
 メガラティオスが苦痛の声をあげるのと、その衝撃でサトシがその背中から滑り落ちるのはほぼ同時だった。
「サートン!」
「ぴかぴぃいいい!」
 フーパとピカチュウの顔が真っ青になる。2匹の視界に、回転しながら真っ逆さまに落ちていくサトシの姿が目に飛び込んでくるからだ。
 その間にもサトシの身体が地上に向かって墜落していく。強風がその全身を叩き、青いシャツがばたばたとはためいた。サトシは右手を空しく伸ばしてもがく。この高さだ。このままでは確実にぺしゃんこになる。
 心が絶望に染まるそのとき、フーパが彼に向かってリングを放り投げた。
 リングはサトシの落下速度を追い越し、その下に回り込んで、その輪を大きく広げた。まるで落とし穴のように、リングの内側がサトシの身体を吸い込んだ。かと思えば、リングがラティオスの頭上に瞬間移動する。その内側からサトシが飛び出してきて、なにごともなかったかのように、ラティオスの背中に戻ってきた。
「サートン良かった!」
「ありがとう、助かったぜ!」
 無事に生還したことに、お互い笑みを交わしあうと、不意に、どこかで落雷の音が聞こえた。凄まじい音だった。
 なにごとかとサトシたちが視線を寄越すと、相棒のピカチュウがゲンシカイオーガにㄢ 万ボルト鈢琰獭唰嬰昰いたのだ。大事な主人に危機が迫ったことに腹を立てたのだろう、漆黒の瞳が烈火のごとく燃え上がっている。
 それが功を成して、根源の波導が完全に止んでしまった。サトシは自慢の相棒に親指を立て、長い呼気を吐く。
 さあ、追いかけっこの続きだ。
 そう表情を引き締めたそのとき、サトシは突然、異変を感じ取った。"影"が動きを止め、なにかを探るように赤い目を凝らしているその姿が、サトシの視界に飛び込んできたからだ。それはまるで気配を辿るかのようで。
 ……嫌な汗が流れた。サトシは"影"の視線を追いかける。
 まさか! そう思った瞬間、"影"がデセルタワーに向かって飛び出した。琥珀色の瞳が揺らぐ。"影"はついに、壺の再生を感知してしまったのだ。
「ラティオス――!」
「ふぉおおおおおおおお!」
 一瞬遅れて"影"の後を追う。ルギアたちもそれに気づき、追随する。"影"の飛行速度をものの見事に凌駕し、デセルタワーを背にして、サトシたちは"影"の前に立ちはだかった。
 "影"も怒りの咆哮を上げて、伝説たちを呼び寄せる。
「ここには指一本触れさせない!」
 視線と視線が激しくぶつかり合い、火花を立ててスパークする。
 壺の再生を妨害されては元も子もないのだ。それに、仲間を危険な目に遭わせるわけにもいかない。
 エアロブラスト、竜の波導、ㄢ 万ボルト樢椰朰、豪雨のように襲ってくる敵の攻撃を掻き消していく。その度に爆発音が鳴り渡った。
 サトシは眉間にしわを寄せる。敵の数が多い分、完全に防ぎ切るには困難を極める。
 だがそれを乗り越えなければ、そう間髪入れずに迎撃するも、ギラティナのシャドーボールがサトシたちを飛び越えて、デセルタワーの上部を破壊してしまった。
「しまった……!」
 その数秒後に、爆発音が鼓膜を揺らした。とてつもない爆煙が巻き上がった。真っ黒に焦げた瓦礫たちが次々と崩れ落ち、広場のうえで木端微塵になった。
 その破壊音に、サトシの呼吸が止まる。もし、あの軌道がずれていたらどうなっていたのか、嫌な想像が脳裏をかすめた。それが焦燥感を掻き立てていく。
 ――どうする! どうすればいいんだ!
 追い詰められたかのように、頭を回転させた。防戦一方ではいずれ突破されてしまう。逸る呼吸を抑え、たえず状況に目を配り、どんな情報でも頭に叩き込む。だが逆に、焦りがどんどん蓄積されていった。
 サトシは右の拳を血が滲むまで握りしめる。猛攻撃を完璧に防ぐような壁さえあれば――そこで視界が開けた気がした。
「……壁……」
 琥珀色の瞳に光が宿る。そうだ。探すんじゃない、作るんだ!
  サトシは腕を踊るように揺らして、高らかに叫んだ。
「レックウザ、空を操れ! 竜巻鈢眰厍夰錰怰!」
 指差すその先は、デセルタワーのはるか上空だった。黒いメガレックウザは咆哮をあげて舞い昇り、即座に旋回し始めた。
 そのあいだ、メガレックウザに邪魔が入らないようにサトシたちが"影"たちと激闘するなか、上昇気流が急激に強まってはその回転運動は加速され、積乱雲が呼び寄せられる。"影"がばら撒いた砂塵も巻き上げられ、雲が渦を巻き、稲妻が轟音を立てて荒れ狂っていく。
 ついに、巨大な竜巻が発生する。砂塵が混じったその竜巻漢猰方ごとデセルタワーをすっぽりと包み隠した。触れるだけで火花が飛び散るだろうその自然エネルギーの猛威は"影"たちを怯ませ、後方へと追い立てていった。
 これが自然現象を操りし者のチカラなのだ。
  しかし、これだけでは終わらない。サトシは間髪入れずに次の指示を飛ばした。
「ルギア、ラティアス、ラティオス、バックアップだ! サイコキネシス!」
 ルギアたちの瞳が青白く光が宿る。エスパータイプのエネルギーが竜巻に加えられ、防御壁が強化された。
  ゲンシグラードンがソーラービーム鈢茰慤、ゲンシカイオーガが根源の波導鈢0点集中に放っても、防御壁はその攻撃の貫通を許さない。
 短時間でこの策を思い付いたサトシに、フーパは興奮する。
「サートンやるー!」
「……みんなのおかげだ……」
 自分が思ったより低い声が出た。汗が風で散る。こちら側はすでに全体力を消耗しているに等しい。次々と相手の攻撃が叩き込まれるなか、いつまで現状維持できるか、正直に言って見当も付かない。
 だがこれ以上の策が思い浮かばないのも事実だった。サトシは祈るように拳を握りしめた……

"いましめのツボ"の再生が"影"に知られたことは、大聖堂にも伝わってくるとてつもない振動で把握した。
 すこしの沈黙。空気を揺り動かす振動音。天井や壁に裂け目が発生し、ぱらぱらと何かが落ちてくる。再び足元が揺らぎ、セレナたちは恐怖に打ちのめされていた。
 バルザとメアリも同じだ。だがその恐怖に打ち勝ち、壺の再生に専念しなければ。かれらはそう両手に意識を集中させようとしても、
「くっ……!」
「兄さま!」
 度重なる振動がバルザたちの心を強く揺さぶってくる。まるで不安が怒涛のように押し寄せるのだ。
「……」
 バルザは両の目を固く閉ざした。自分たちの能力は曽祖父グリスより劣っている。もしかしたら間に合わないのではないか。それが重石のごとく胸のなかに沈んできて、息が苦しくなっていく。
 だがそのとき、それを断ち切る者がいた。
「ゲコガシラァ!!」
「きゃ~ま~!」
 サトシのポケモンたちの雄叫びが、バルザたちの意識をかき集めた。それと同時に、赤と青のまばゆい輝きが強くなり、大聖堂の全体をより明るく照らしていった。
 それに続いてシトロンのホルビーがマッドショット欢送り込むエネルギーを強化させる。セレナのテールナーも、少しでもヒノヤコマの力になればと、その枝に全神経を送り込んで欢蹰放射渢威力を底上げさせた。
 火水土、それぞれが放つ色彩がみるみるうちに調和されていく。自然エネルギーが生み出すチカラが風の奔流となって、バルザやセレナたちの髪を揺さぶった。
 まるで元気付けてくれているようで、口唇がわなわなと震える。バルザは大きく息を吸い込み、メアリに向かって力強く叫んだ。
「追い込みをかけるぞ!」
「ええ!!」
 必ず成し遂げなければ、視線を交わしてお互いの意思を固めあう。それに呼応するかのように、金色の光が一層強くなった。
 白熱する光のなかで、それぞれの想いがアルセウスのペンダントに届いた気がした。
 
 
 *+*+*+*

 
 長く険しい攻防戦が繰り広げられるなか、火花が飛び散っては絶え間ない爆発音が鳴り響き、閃光が夜空を照らしていた。
 "影"と伝説たちがなんの前触れもなく射線を変えては、その攻撃の手を緩めない。おかげでサトシたちの息がすっかり上がっていた。
「……!」
 琥珀色の瞳が強張った。攻撃をすべて殺すのは簡単ではない。殺せば殺すほどこちらの体力が消耗し、加えて精神さえも削り取られていく。さらにその余波が、ルギアたちに追い撃ちをかけてくるのだ。それでも死にもの狂いで、気力を振り絞らなければ、サトシたちが気合の声を張りあげる、その次の瞬間だった。
 邪悪な"影"の悪の波導が、竜巻を大きく揺らしたのだ。その影響はサトシたちにまで及んでくる。
 息を詰めた。竜巻のバリアに入ったその亀裂の一点を、赤い双眸が見逃さない。このときを待っていたと言わんばかりに、"影"が伝説のポケモンたちの神経に働きかける。
「ぴかぴ!」
「来るぞ!!」
 ディアルガたちはその身を震わせて攻撃態勢に入った。時の咆哮萢樰鰢穎切断樢椰高威力の技の数々が、亀裂の一点に注ぎ込まれてくる。あの同時攻撃だった。
「ぐぁあああああ――」
『~~~~~~!!』
 刹那、とてつもない衝撃が竜巻の内部に襲い掛かってきた。それに耐えきれず、メガラティオスたちの瞳から青白い光が消えていく。集中の糸が切れたのだ。
 ついに均衡が崩れる。サトシたちの防御壁が、幾重にもなされる攻撃の猛威を殺したのを最後に終息した。あの激しい気流は弱まり、砂塵は支えを失くして、デセルタワー周辺に落下していった。
 その数秒後に、大ダメージを喰らった黒いメガレックウザが、苦悶の声が漏らしながら、まるで撃ち落された鳥のように海中に墜落した。
「レックウザ―――!」
 水柱が噴き上がるのと、サトシが悲痛に叫んだのはほぼ同時だった。だがその呼び声に応えるのは、海面のうえで弾ける気泡だけだった。上がってくる気配が微塵もない。そのことに、体内温度が下がった気がした。
『優れたる操り人――!!』
「!?」
 間一髪だった。ルギアが注意を喚起したおかげで、ラティオスは敏速な反応で敵の奇襲を回避する。
 サトシは歯を噛み締め、冷静さを取り戻した。伝説のポケモンたちと"影"が、今にも迫撃してくるのだ。鋭い呼気とともにすかさず指示を飛ばす。
「ラティオス、竜の波導!」
 メガラティオスは胸を膨らませて、その口許から衝撃波を巻き起こした。それはものの見事に、ギラティナの波導弾鈢飲み込んでいった。
 しかし、別の方角から新たなる攻撃が次々と撃ち込まれる。サトシは疲弊した精神をかき集め、長年の勘と的確な指示でその攻撃をやりすごしていく。
 しかし、陣形を崩されてしまったこの状況では、守備を固めるのは容易ではなかった。また度重なる疲労がサトシたちの足を引っ張っているからか、動きや反応が鈍ってしまう。もうボロボロなのだ。
 それでもデセルタワーを守り切らなければ、声を振り絞って叫んだそのときだった。
「!?」
「サートン!」
 一瞬だけ、集中力が切れてしまった。サトシのなかで警鐘が鳴り響く。すべてを凍らせる激しい冷気が、カチカチと音を立てて、メガラティオスの周囲を包み込もうとしていた。
 腹の底から恐怖が湧き上がった。ホワイトキュレムを先頭に、ディアルガとパルキアが、残像さえ残るスピードで夜空を駆け抜け、サトシたちの目の前に迫ってきたからだ。
 ――しまった……! 
 冷気が肌の上を撫でた。燃え盛るまぶしいオーラが、サトシたちの視界を埋め尽くしていく。額から流れた汗が凍りついた。
 頭のなかでこの状況を理解する。ホワイトキュレムはいま、コールドフレア鈢稰動しようとしているのだ。それだけではない。その右側にはディアルガの時の咆哮、反対側にはパルキアの鰢穎切断が今にも発射しようと力を溜めこんでいた。
 琥珀色の瞳が見開く。収束されるエネルギーが濃くなれば濃くなるほど、時間がゆっくりと流れていくような錯覚に陥った。思考が止まる。もう、間に合わない。
「フーパ! ラティオス!」
 サトシは咄嗟にフーパを胸に抱き寄せ、背中を丸めて硬直したその刹那だった。
 盛大な水飛沫とともに、なにかが海面を割って這い上がってくる。それは目にも留まらぬ速さで、キュレムたちを蹴散らしていった。あれは突進型の先制攻撃、帢速朢あった。サトシは思わず歓声の声をあげる。
「レックウザ!!」
 黒いメガレックウザは咆哮をあげて返してきた。力を振り絞ってまで、サトシたちの危機を救ってくれたことに、感謝で胸がいっぱいになる。
「なっ……!」
 それが油断に繋がった。"影"のリングが、メガラティオスの目前に突如現れた。その内側から禍々しい光とともに、あの屈強な腕が襲い掛かってくる。
「~~~~!」
 メガラティオスは正面からまともにダメージを喰らってしまい、その重心がぐらつく。サトシとフーパを誤って振り落としてしまった。
「ふぱぁあああああああ!?」
「捕まってろ……!」
 咄嗟にフーパを胸に抱き寄せ、これからの衝撃に備える。そのままデセルタワーの正面に落下した。左肩を強打してしまい、サトシの顔が苦痛に歪む。
「ぴかぴぃいいいいい――!」
 すぐに主人の元へ駆け付けなければ、メガラティアスとともに急降下を試みるも、ギラティナがかれらの邪魔をしてしまって思い通りに動けない。
 それを嘲笑うかのように、"影"がサトシたちに牙を向いてきた。
「――!」
 サトシは激痛に堪えて、地面を蹴りだした。今の"影"にフーパを渡すわけにはいかない、そう腕に力を込める。
 だが全力を振り絞っても、"影"のリングが行く手を阻んでしまい、逃げ場が消え失せてしまう。
「くっ……!」
 サトシは覚悟を決める。"影"の拳からフーパを守るために、反射的に背を丸めて硬直するそのときだった。
『……!』 
 がくん、と見えない壁にぶつかったようにその拳が停止した。
 そのことが肌越しに伝わってくる。未だに訪れない衝撃に、サトシは違和感を持つ。
「サートン! "影"が!」
 何が起きたのか、フーパの声に顔を上げると、影が呻き声をあげるその姿が視界に飛び込んできた。
 それだけではない。もがき苦しむ"影"から何かしらの影響を受けているのか、伝説たちもまた、電池が切れたかのようにその身動きを止めていた。
『ぐああああああぁ……!』
 "影"が空に向かって絶叫する。その身体からあの邪悪な闇があふれ出し、どこかに向かって波のように引き寄せられていく。
 数時間前の記憶がよみがえる。
 ――まさか!
 この既視感に衝き動かされるように背後に振り向いた。すると、デセルシティの入り口付近で、バルザが"いましめのツボ"を空高く掲げるその姿が、サトシとフーパの視界に飛び込んでくる。
 あの壺は空気を吸引するように、あふれ出る邪悪な闇を封印している最中だった。知らず気持ちが向上する。"いましめのツボ"が遂に完成したのだ。
 青年バルザの隣にはメアリが、そしてその後ろにはシトロンたちも立っていた。かれらもまた、緊張した面持ちで、その光景を見守っていた。
 その間にも、闇よりも深い邪悪なオーラが、激しい気流とともに吸い込まれていく。
 だが取り込めば取り込むほど、バルザの身に凄まじい圧力が掛かり、その足元が地面に食い込んでいった。
「!!?」
 心拍数が跳ね上がる。それとともに黒ずんだ闇が皮膚のなかに侵入し、神経を通して痛覚を刺激してきた。バルザは呻く。痺れるようなその痛みに、我知らずとその顔が歪んでしまう。それでも抑え込まなければ、バルザは全神経を注ぎ続けていくそのとき、荒ぶる壺がバルザの手から逃れていき、大きな弧を描いて弾け飛んでしまった。
 全員が息を呑み、身体を強張らせる。
 ――まずい!
 先に動き出したのは、サトシだった。助走をつけ、沈み込んだ体勢から一気に地を蹴りあげた。
 あの高さだ。打ちどころが悪ければ砕け散ってしまう。サトシは瞬きせずに、壺に向かって右腕を伸ばした。力の限りに、手のひらを開かせる。
 あと3m。2m。1m。10cm。
 ついに、指が壺の首に触れた。壺に傷一つつけずに、サトシは守ったのだ。右腕に擦り傷を負おうが、サトシは”いましめのツボ”を落とそうとは絶対にしなかった。
「ぐっ!!」
 全身が強張る。壺から強烈な"怒り"がその指に伝って全身に流れ込んできたのだ。
 一瞬だった。邪悪な闇がそのままゆらりと音もなくたぎっていき、サトシの全身を覆いかぶさっていく。
「ぐぅっ……あああああああぁぁ――!」
 鋭い痛みが全身を貫き、我慢できずに声にならない声をあげた。脂汗が滲む。呼吸さえも満足にできない。
「ぴかぴ!!」
「サートン!!」
 ピカチュウもメガラティアスから飛び降り、フーパとともに主人の元へ駆けつける。だがその鳴き声さえも、サトシの耳元に届くことはなかった。体全体が焼けるように熱い。ただただ黒髪を振り乱し、荒い息を吐き出してうずくまる。二匹は思わず、その姿から視線を外したくなった。
「……大丈夫だ"影"! 落ち着け……!」
 しかし、”いましめのツボ”はその言葉に反するように、攻撃を続ける。あまりの暴れっぷりに全体重が持ってかれそうにもなった。筋肉が痙攣して悲鳴を上げる。意識が暗闇の底まで落ちていきそうだ。
 それでもサトシは意固地になってまで、耐え抜こうともがいた。
「ぜったいに……離す、もんか……」
 そうだ。絶対にこの手を離してはいけない。そう自分自身を叱咤して奥歯を噛み締める。だが壺はその抵抗を止めない。サトシの全身をひっかくかのように、ただ必死に抗い続けた。
「うおぉおおおああああああああああ――!!」
 両眼を限界まで見開く。身を刻まれるような激痛を身体の外に逃がすために、空に向かってその喉から絶叫が絞り出された。
 それからだった。”邪悪な闇”が四散するとともに、膝が壊れたオモチャのように折れると、サトシはぐったりとその場に座り込んでしまった。意識を喪失したのか、頭が力なく垂れていく。
 それと同じように、"いましめのツボ"その身動きを止めた。
「ぴ、ぴかぴ?」
 短いようで長い沈黙が降りた。張りつめた緊張が空気を伝って、徐々に広がっていく。
「ぴかぴ……ぴかちゅう……?」
「サートン?」
 なんの反応を示さないサトシに、ピカチュウとフーパは恐る恐る話しかけた。それでも言葉が返ってこない。
 2匹はおおきく息を吸い込み、意を決して両足を動かした。一歩ずつ慎重に、サトシとの距離を詰めていく。もうすこしで下から顔を覗き込める、そう思えた刹那だった。
『消、え、ろ』
 なにか常軌を逸した威圧感を感じて、ピカチュウとフーパの表情が凍りつく。
 柔らかい黒髪が逆立ち、クイッとサトシの顔が上がった。その食いしばった歯の間から、言葉が絞り出される。
『消えろ……貴様は消えろ……!』


【小説版】光輪の超魔神  挿絵 ② / ラティアスは俺の嫁!
啊咧咧,又挖坑不填哎╮(╯▽╰)╭

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 楼主| 发表于 2015-12-20 23:15:09 | 显示全部楼层
『消、え、ろ』
 なにか常軌を逸した威圧感を感じて、ピカチュウとフーパの表情が凍りつく。
 柔らかい黒髪が逆立ち、クイッとサトシの顔が上がった。その食いしばった歯の間から、言葉が絞り出される。
『消えろ……貴様は消えろ……!』
 見開かれたその双眸から、殺意を孕んだ鋭い視線が放たれた。
「……ぴか……ぴ……」
 あの琥珀色の輝きが、瞳から消え失せていた。あれは"影"と同じ、黒ずんだ赤い色。怒りに満ちた赤い色。
 このとき、ピカチュウはもう分かっていた。サトシじゃない。サトシがどこにもいない。なのに認められない。脳がその事実を拒絶する。
「……!」
 あまりのショックで足が竦んでいたその刹那、どこからか、ゲコガシラとヒノヤコマが疾風のごとく現れる。2匹をサトシの傍から引き離すためだ。
 ピカチュウはそこで意識を取り戻した。黄色い背中から、こちらに駆けつけてくる複数の靴音と、主人の名前を呼ぶ仲間の声がはっきりと聞こえてくる。
「サトシ!」
「サトシくん!」
 そう問いかけてくる声に、サトシの赤い瞳が敵意の光を帯びていく。その身に纏わりつく抑えがたい激情を孕んだその邪気に威圧されたのか、バルザたちの足が止まる。シトロンたちも驚きと恐怖に唇を震わせた。
 それはまさしく、アルケーの一族に向けられた"憎しみ"そのものだった。
 サトシは朝焼けを背にして、壺を抱えたまま、ゆらりと立ち上がる。今にも喰いつくような唸り声はまるで、バルザたちを牽制するかのようだ。
「"影"に取り憑かれたのか……!」
 バルザは片手をサトシに向けてまっすぐ持ち上げる。今、目の前の少年がどのような状態に陥っているのか、それを把握するために気を高めたそのとき、バルザの心臓がやけに大きく脈打った。
 青年バルザが知らず息を吸い込んだその瞬間を間近で見て、セレナは嫌な胸騒ぎを覚えた。それは瞬く間に大きくざわめいていく。
「サトシは……サトシは大丈夫なんですよね……!」
 甲高い、縋るような響きに対して、バルザの瞳が動揺に揺れていった。
「このままでは彼の人格が崩壊してしまう!」
 セレナは絶句した。ユリーカは両手で口許を覆い、シトロンはなにか解決策はないのかと大声を荒げて訴えた。
「くっ……!」
 バルザは言い知れぬ不安感を覚え始めた。こめかみから汗が流れ落ちる。
 しかし、考え込んでいる場合ではない。一刻でも早く、サトシの身体から"影"を引き剥がさなければ、バルザはそうメアリに目配せして、少年の元に近寄ろうとしたそのときだった。
 突然、サトシが威嚇の咆哮をあげた。なにかを感じ取ったのだろう、その身に宿る"影"が、"いましめのツボ"を頭のうえに持ちあげていく。
 バルザは目を疑った。まさか、叩きつけるつもりなのか! バルザとメアリは同じタイミングで弾かれたように地面を蹴り出すそのとき――
『ぐうっ……!?』
 サトシの喉から短く喘ぐような悲鳴があがった。まるで金縛りにあったかのようにその身体が硬直し、そのまま崩れるように両膝を地面に突けた。眉を寄せ、なにかに抗うかのようにサトシは頭を激しく振り続ける。その拍子に赤い帽子が落ちていった。
『……うる……さい……ッ』
 そのまま右手で黒髪をむしると、ギリッと食い縛られた歯が鳴った。その地を這いつくばるような呻き声に、バルザとメアリが瞠目する。
「兄さま!」
「ああ、まだ完全に取り憑かれたわけじゃない!!」
 確信のある兄妹の声に、ピカチュウの瞳に希望の光が灯った。嗚咽を漏らしながらバルザを振り仰ぎ、必死に思いの丈を声に乗せる。
「ぴかぴ、ぴかぴかちゅう!」
 その漆黒の瞳がすこしずつ涙の膜に覆われていく。いまにも零れ落ちそうだった。ゲコガシラとヒノヤコマもそのあとに続いて大きな鳴き声をあげる。その力強い眼差しに、バルザはすぐさま吸い込まれていった。
 おねがい。サトシを助けて。
 ポケモンの鳴き声だというのに、悲痛な想いが込められたその言葉が、直接、彼の脳に伝わってくるのだ。バルザはかれらに顔を合わせて、ゆっくりと頷いた。
「必ずだ!」
 かれらの願いをこの胸に受け止め、誓いを立てる。そうだ。サトシくんを、心の優しい少年の存在を、掻き消されるわけにはいかない。
 "影"が苦しみに気を取られているうちに、バルザとメアリはその間を挟むような配置に立ち、全精神を研ぎ澄ませる。ふらつく両足を大地に踏み締め、黄金の首飾りに意志力を注ぎ込んだ。
 刹那、首飾りの輝きがサトシを中心にその周囲を包み込んでいく。
 だが歯痒いことに、その輝きは弱っていた。”いましめのツボ”を再生するときと比べても、衰弱しているのが誰から見ても明らかだった。すぐに体力が底をつく感覚がバルザたちの身に襲い掛かってくる。
 それでも一定の効力を発揮しているのか、"影"がその輝きに追い詰められているのが見て取れた。
 つまり、どちらも疲弊しているのだ。体力勝負といっても過言ではない。
 バルザとメアリは鋭い呼気を吐く。大量の汗が顔の輪郭に沿って滴り落ちていくのを感じながら、意識を底上げさせた。
『ぐぅ……ああああああああぁぁ――ッ』
 それがさらに"影"を苦しめていく。こめかみの奥で鋭い痛みが生じるのか、サトシは歯を唇を固く結び、右手を地面に突けて爪を立てる。それでも"影"は"いましめのツボ"を手放そうとはしなかった。左腕でそれを胸に抱き寄せ、奪われないように、ただ必死に。
 そして、反抗的な鋭さを目のなかに抱き続け、髪を振り乱しながら狂ったように吠え続けるその声が、フーパの全身を震わせた。
「ふぱ」
 まるで囚われたかのように、サトシのその姿を凝視する。半ばパニックに近かったかもしれない。自分は今どうするべきなのだろうか、混乱状態に陥り始めたその刹那だった。
 ほんの一瞬だけ、獰猛なあの赤い視線と自分の視線が、一直線に交わったような気がした。
「……!」
 気道が絞めつけられる。その翠の瞳には涙が湛えていく。思わず己の身を守るように、フーパはそのちいさな両手で自分自身を抱きしめた。熱い。苦しい。まるで細い針が心臓に刺していくかのような痛みが、全身を支配してくる。
「……ふぱ……」
 その本数は瞬く間に増えていき、心臓がその痛みに絶叫する。
 それに共鳴するかのように、"影"が宿っているサトシも苦痛の叫びをあげた。
「!!」
 不意に、渦巻いていた思考があちこちに飛散した。その翠の瞳が揺れがゆっくりと安定し、決然とした光が宿り始める。息差しもそれに同調するかのように、徐々に徐々に落ち着いてくる。
 フーパは両手をぎゅっと握り締めた。行かなければ。その漠然とした強い想いが、フーパの胸に沸きあがってくる。それがちいさな背中を強く押し出した。フーパはその勢いのまま、金色の輝きのなかに飛び込んでいく。
「……!」
 予想もしてもみなかったその行動に、バルザとメアリが頬を打たれたかのように愕然とする。
「危険だフーパ!」
「近寄っちゃだめ!!」
 だがその動きは止まることはない。まるで兄弟の言葉がなにかに遮られているようだった。
 けれど止めなければ。声が必然と大きくなるなか、黒ずんだ赤い双眸がぎらつく。
『……!』
 フーパがこちらに近寄ってくるその気配を感知したのだろう。サトシは顔を前に持ちあげると、眼前に佇んでいるあの獲物の姿が、その目に飛び込んできた。
 カッと両目が見開く。この機を逃がすものかと、サトシは拳を振りあげてフーパに殴り掛かろうと動き出した。
 誰かが、フーパに注意を喚起するその声が響く。
 それでもフーパは降りかかるその拳に怖気ながらも、その場から逃げようとはしなかった。ただじっと、"影"の暴挙に目を据えるだけだった。
「フーパ!!」
 メアリたちが大きな悲鳴をあげる、その刹那だった。
『……ッ』
 がくんと、サトシの身動きが停止した。まるで誰かが、その右拳を前から受け止めたように見えた。握り込まれたそれがわなわなと震える。
『……邪魔、するなァ……』
 サトシは忌々しそうにその手で頭を鷲掴んでそう吐き捨てた。サトシの精神と対抗するその姿に、フーパはゆっくりと語りかけた。その声はサトシの鼓膜を揺らすとともに、その身に宿る"影"にもまっすぐ響いていった。
「サートン、言ってた。"影"も助けたいって」
『――!』
 意表を突かれたかのように、その赤い双眸が大きく開かれる。けれどそれが癪の種となったのだろう、サトシはフーパにその鋭い焦点を定め、むかっ腹を立てた。
『消えろ……!』
 その面差しは、怒りと憎悪に塗り潰されたものだった。
『俺がフーパだ。貴様じゃない……残るのは、この俺だ……ッ!』
 サトシに取り憑いた"影"はそう乱暴に放った。息を詰め、壺の蓋を外そうと右手に力を入れようとした。けれどもサトシの精神がそれを阻んでしまい、意のままに操れなかった。”影”は煩わしそうに目を眇める。その面持ちを見て、フーパは怖気をふるった。そのまま脊髄反射に任せて、サトシから退行しそうにもなった。
 でも、それは駄目だ。フーパは心魂を徹して、サトシと正面から向き直る。
「違う。"影"もフーパ!」
『!?』
 サトシの瞳孔が強張った。予想してもみなかったであろうその言葉が鼓膜を揺さぶり、鋭い眼つきからすこしだけ角が取れた気がした。
 しかし大きく開かれたその赤い瞳に、サトシは殺意を上乗せする。
『消えろ……!』
「フーパ消えない! "影"も、消えない!」
 まっすぐ向けられたその翠の視線に、邪悪な闇がわずかに揺らいだ。サトシの身体が我知れずと硬直する。だがその身に湧いた怒りと憎しみが一際強くなり、その静寂を切り裂いた。
『違う! 消えろ! 貴様が消えろ……!』
「嫌だ! フーパ消えない! "影"とずっと一緒にいる!」
 空気が打ち震えた。"影"に負けないぐらいに、それ以上に、フーパは大声を張り上げたからだった。
 黒ずんだその赤い相貌が泳いでいく。サトシは口唇を震わせながらただただ呼吸を繰り返すと、フーパはその続きを言葉にした。
「フーパも、"影"を助けたい」
 それは、心から願ったことだった。この胸に抱いたばかりだったけど、心の底から願ったものであった。
 その強い想いに呼応するかのように、東の空から太陽が昇り始める。水平線から差し込んでくるあの白い光が、海面を銀色に輝かせながら、フーパの小さな姿に向かって射し込まれていく。眩しかった。フーパの瞳が反射的に細まる。
 けれど、絶対に目を閉じようとはしなかった。”影”の、自分自身のその姿を、この目でしっかりと捉えていたかったから。
『…………』
 まっすぐに注がれるその翠の輝きを、サトシは無言のまま見続けていた。”いましめのツボ”を抱き寄せているその腕に、力を込める。うまく力が入らないのか小刻みに震えていると、突然、フーパがサトシのその右手を掴んだ。まるで握手を交わすかのようだった。
「だからフーパ、”影”と仲直りする!」
『なっ……!』
 サトシの肩がびくりと跳ねる。咄嗟にその小さな手を振り解こうと抵抗した。それでもフーパは逃がさないとばかりに、サトシの手をぎゅーっと繋ぎ止めた。絶対にこの手を、離さないように。
「"影"、もう怖くない!」
『……!』
 その相好が、無邪気にほころんだ。あどけなかった。
「もう、怖くない」
 やさしい響きだった。フーパのちいさな手がサトシの手を繋ぎ止めている部分を、あの朝陽が照らしていく。その薄明を空が吸収して、雄大な青空へと変わっていった。雲海も白い色彩を放ちはじめ、どこか遠くへ向かって流れていく。
 その澄み切った朝の光がそよかぜとともに、フーパと"影"をやさしく包み込んでいるような気がした。
 サトシの黒髪がそっと揺れると、不意に、あの邪悪な闇がちいさな粒子となった。そのままふわりと散っては、音もなく蒸発しはじめた。それに合わせるかのように、闇の色素もゆっくりと抜け落ちていった。その闇の粒子は指先から指先へと伝って、フーパの元へと帰っていく。
 不思議な感覚だった。とても、あたたかい。その瞬間を噛みしめるように、フーパはただ優しく、"影"の手を握りしめる。
 あの邪悪な闇が朝焼けに溶けていくその光景を見て、バルザとメアリは目を瞠った。
「兄さま、これは?」
「邪悪な意思が……消えていく……」
 そう呟くと、静かな衝撃がバルザの胸を震わせる。それに誘われるかのように、首飾りの輝きも弱まっていった。
 その合間にも邪悪な闇が四散していくなか、不意に、きらりとしたものがサトシの頬を伝って滴り落ちた。それは朝日の光を浴びながら、地面のうえで弾ける。
 それを最後に、残りの闇もサトシの身体からこぼれた。それはフーパのなかに戻っていき、ひとつになっていく。
 それからだった。サトシの右手が力なくすべり落ちた。
「……」
 まるで糸が切れた人形のように、その頭が力なく垂れ、黒い前髪がサトシの顔を隠した。
 ふたたび、張りつめた空気が流れる。その静寂を最初に破ったのは、サトシの相棒だった。
「ぴかぴ!」
 我慢できないといわんばかりに、ピカチュウは主人の元に向かって飛び出していった。フーパとともにサトシとの一定の距離を狭めて、恐る恐る慎重に近寄る。
「ぴかぴ?」
「サートン?」
 果たして、彼は無事だろうか。不安心に苛まれながら、ピカチュウとフーパはもう一度、その表情を下から覗き込もうとするそのときだった。
「フーパ……ピカチュウ……」
 その口元に柔らかな弧が描かれた。サトシは顔をくいっと前にあげる。
「ぴかぴ!」
「サートン!」
 ピカチュウの両耳がピーンと立った。あの琥珀色の輝きが、その瞳に戻ってきたのだ。そのことに、バルザもメアリも、そしてシトロンたちも懸念と緊張から解放された。
 それから、サトシは足元に落ちてしまった赤い帽子を拾い上げ、被り直す。
「フーパ……」
 大きく深呼吸して、フーパと向かい合った。
「仲直り、できたな!」
「うん! フーパできた!」
 すっきりした顔だった。大切な一部が長い時を超えて、その身に帰ってきたのだ。
 それに心休まると、フーパは笑いが込み上げてきた。サトシとピカチュウもそれに誘われるように笑い声を立てると、巫女の笛に似たあの海の声が、サトシたちの頭上に降ってきた。
『優れたる操り人……』
 かれらの遥か上空で様子を見守っていたルギアを筆頭に、伝説たちがサトシたちのそばに駆け寄ってきた。
 サトシは足に力を入れて、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう、ルギア、ラティアス、ラティオス、レックウザ」
「ぴかちゅう」
 琥珀色の視線とかれらの視線が絡み合うと、それを合図に、メガシンカした3匹はその力を解除した。
 かれらの間に穏やかな時間が流れ始める。なのに、フーパが目線を落としてしまった。かと思えば、サトシより前に飛び出して、ディアルガたちに向かって低く低く頭を下げた。
「ごめんなさい……」
 消えるようなその言葉に、伝説たちの目がきょとんと丸くなった気がした。けれどそれもほんの一瞬で、かれらは落ち着いた咆哮をあげる。きっと、許してくれるのだろう。
「……フーパ……」
 その瞬間から、サトシは目が離せなかった。伝説たちが水を流してくれたことに安心するフーパの姿を見て、サトシはそっと表情を緩ませる。黒い髪がそよ風にあおられて、ふわりとその肌のうえを撫でていく。サトシはそのくすぐったさに頬を指でかいて、そのまま青空をふり仰いでふーっと深いため息を吐いた。
 ……やっと、終わったのだ。
 やわらかな風がそう告げると、デセルタワーのなかに避難してた人々が、怖ず怖ずと外に出てきた。危険が去ったのだと肌で分かったからだろう。険しい眉を解いて、朝の空気を肺の底まで吸い込んでいる。避難した人々が安心感を抱き始めたその矢先であった。
『……!』
 不意に、ルギアのなかで妙な違和感が芽生える。
 ――なぜ野生のポケモンが、一匹もいないのか……?
 頭のなかが急速に冷えていく。原因は何なのか、ルギアはそれを探るために疲弊した精神を統一させて、空に向かって上昇する。それが呼び水となったのか、ほかの伝説たちも気を張り詰めてなにかに警戒し始めた。
 沈黙が徐々に広がる。ピカチュウも例外ではなかった。
「ぴかぴ……」
「どうしたんだ……?」
 みんなの様子を目にして、サトシは焦りに身構えるその刹那だった。
『優れたる操り人ぉおおおおおお――!』
啊咧咧,又挖坑不填哎╮(╯▽╰)╭

告别真新镇后不知经过多久,擦伤,砍伤,朋友的数目,让我有点自豪,那时候因为流行而跑去买的,这双轻便的运动鞋,现在成了,找遍全世界也找不到的,最棒的破鞋子……
口袋中心·绿宝石·改(更新1.6.4版)
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 楼主| 发表于 2015-12-20 23:17:26 | 显示全部楼层
『優れたる操り人ぉおおおおおお――!』
 ルギアが危機迫った表情でサトシのもとに飛び移ろうとしたそのときだった。その絶叫を掻き消すほどの不協和音が、上空からあたり一面まで鳴り響いた。空気が振動した。鼓膜を破るほどだった。この異常な光景が全員の警戒心を刺激する。
「……!」
 刹那、視認できるほどの衝撃波が見えない壁となって、サトシたちと伝説たちの間に流れ込んできた。その圧倒的な衝撃波はルギアたちをデセルタワーから後方に追い払うほどの威力があり、雲海までもを蹴散らしていった。
 その前触れのない現象に、ルギアの瞳が大きく開かれる。まるでサトシたちから引き離すかのようではないか。だがルギアもされるがままにはいかないと、負けじと咆哮をあげて銀翼の翼を広げてサトシのもとに接近しようとしたそのときだった。
『……!』
「……!」
 伝説たちの身動きが止まった。突然、ガラスが割れるような音が轟くとともに、稲妻のような裂け目があの空間を切り裂いたのだ。それは目で追い切れないほどのスピードで周りに広がっていくことに、ルギアは目を疑った。その亀裂はさらに音を立てて枝分かれを繰り返し、瞬く間にデセルタワーの周辺を取り囲んだ。
 しかし、それだけでは治まらない。
 亀裂のその隙間から、黒ずんだ液体のようなものがどろり漏れ出してきた。それは"影"が抱いた『怒り』とは正反対の、無機質な闇であった。その色素が濃くなれば濃くなるほど、あの黒ずんだ液体はその空間を覆い隠していく。
 伝説のポケモンたちはこの怪奇現象を目の当たりにして、戸惑いを隠せなかった。あの空間の存在がかれらの眼前から消え去ってしまったように見えた。この目に見えているはずなのに、どこか遠くへ飛ばされてしまったような感覚がこの身に襲い掛かってくる。
 焦燥感が高まった。色を失い、戦慄が心に波打った。
 嫌な予感が胸に侵食していくなか、ルギアはただ目の前の異常現象に視線を送っていた。このままではとてつもない喪失感が、この全身を上書きしていくのではないか。早くなんとかしなければ、危うくよろけそうになるのを必死に堪えようとするそのとき、空間を司る神・パルキアが悲鳴のような喊声を張り上げた。
「ガギャギャアアアア――!」
 鉛のように重苦しい空気を払拭するかのように、その内側に満ちているエネルギーを開放する。数キロ先に迫りつつあるあの空間に睨みを利かせ、パルキアは頭から飛び込んでいく。
 刹那、凄まじい衝突音が大海原にこだました。パルキアはこの異常事態を阻止しようと、その身に包んだエネルギーを空間に流し込んでいく。まるで炎と雷を混ぜ込んだような紅蓮の光が、あの黒ずんだ液体の色素を奪おうと強く輝いていく。その効果はすぐに表れたかのように見えた。
 しかしそのとき、爆発ような衝撃がパルキアの身を焦がした。その身に包んだエネルギーが途切れる。その数秒後、あの空間がパルキアとの接触を拒むかのように、不気味な輝きを放ちながら弾き飛ばしてしまった。焼けるような痛みに全意識を奪われてしまい、体勢を立て直せない。そのままパルキアの身が湖中に没するその寸前を、ルギアの≪サイコキネシス≫がどうにか守った。ルギアはパルキアが事なきを得たことを確認してから、すぐに空間の奥を凝視する。
『くっ……!』
 先刻の激闘の影響が、伝説たちの身体を蝕んでいるのだろう。あまりのタイミングの悪さに、ルギアは思わず牙を鳴らしそうになった。
 だが、諦めるわけにはいかない。
 ディアルガは時間を操る能力で、消滅の進行を遅らせようと動き出した。パルキアとギラティナも残りの体力で、ディアルガの補強をする。
 ラティアスとラティオス、ルギア、レックウザ、グラードン、カイオーガ、キュレムたちも、それぞれの能力を発動して、今起きている空間の歪みを中和させようと、全神経を注いでいった。
 
 
 *+*+*
 
 
 地面がぐらぐらと揺れている。ビリリと振動するその不快な音が鼓膜を揺さぶるなか、眼前に広がる異常な光景に、サトシは言葉を失っていた。
 まるで異次元のような裂け目から滲み出てきたあの黒い液体が、デセルタワーの周辺を囲い込むように広がってきたのだ。おかげで外の様子が窺えない。それだけでは満足できないのか、あの黒ずんだ液体はさらにデセルタワーに向かって、怒涛のように押し寄せてくるのだ。なにもかもを飲み込もうとする勢いであった。
 そしてどろりとした黒い液体がアスファルトや瓦礫・ガラスの破片などに接触すると、音を立てて剥がしていく。切り取られてしまったその瓦礫たちは、なにかに誘われるかのように宙に浮上し、そのまま粉々に分解されては、無に帰っていった。まるで運命に逆らわず、受け入れるかのように。
 琥珀色の瞳が大きく見開かれた。今更のように膝が震えてきた。
 これじゃ……まるで……
 あの記憶が、サトシの視界とリンクするそのときだった。
「戻れ! 全員、デセルタワーに戻れぇえええええええ――!!」
 バルザの鋭い叫び声が、凍りつく空間を一気に弾けさせた。全員が我に返ったその途端、この空間にものすごい悲鳴が嵐のように渦巻き、取り残された人間たちが我先にと踵を巡らした。それはまるで悪魔に追い詰められた小動物のごとく一目散にデセルタワーへと向かっていった。
 それが引き金となり、未知の恐怖が瞬く間に周囲に伝染する。それが思考回路に歯止めをかけるのか、人が人を突き飛ばす事態を招いてしまい、パニックに拍車をかけていく。そんな彼らを落ち着かせるためにジュンサーが警笛を鳴らすなか、サトシとピカチュウは人混みを縫うように進みながら、青年バルザの元に駆けつけた。
「バルザさん! これは!」
「ぴかちゅう!」
 バルザの表情と声が強張る。その様子を目にしたサトシは、半ば確信に近いものを抱き始める。
「空間が歪んでいるんだ!」
 心臓が締めつけられた気がした。
「どうして……そんなことが……」
「空間と空間の均衡が崩れてしまったからだ!」
 サトシの唇から、意味を成さないかすれた声が吐き出された。
 無慈悲にもあの黒ずんだ液体が、デセルタワーの中心を飲み込もうとじわりじわりと侵食するなか、バルザはこの状況を説明した。
 青年曰く、この地球の空間は見えない壁で仕切られた部屋が密集した構造となっているそうだ。いわば、生物でいう『細胞』にあてはまる。その空間には凄まじいエネルギーが満たされている。それぞれの空間がお互いを干渉せずに安定させるには、”火”・”水”・”土”・”電気”などの自然エネルギーを共有しなければならない。
 もちろん、もし仮に自然エネルギーがどこか一か所に偏ってしまったとしても、それを瞬時に調整するチカラが空間に備わっている。つまり、空間が周りの空間に分散させていくのだ。こうして空間と空間の均衡は常に保たれてきた。
 しかし自然エネルギーを調整するそのチカラには、限界がある。
 伝説たちがここデセルシティに大集結し、デセルタワーを巡って激闘を繰り広げてしまった。そのときに放出された大量の自然エネルギーが、この空間を維持するチカラを壊してしまったのだ。
 そこでバルザが一旦口を閉ざして、デセルタワー内部を見渡した。バルザが握り締めた両拳から徐々に血の色が失っていく。
「……だから……野生のポケモンたちが……一匹もいないんだ……」
 自然エネルギーの代名詞といっても過言ではない野生のポケモンたちは、その僅かな変化を本能で感じとる。見えない壁がその役割を放棄してしまった空間に彼らがいないのは、かれらのその本能が漠然とこの状況を予知してしまったからだ。そうして自分自身を守るために、この場から立ち去ってしまったのだ。
「この空間はどうなるん……ですか……」
 サトシが躊躇いの声で訊ねると、バルザは思い詰めたような面持ちを歪めた。その唇は小刻みに震えていた。
「……消滅する……おれたち、共々……」
 しん、と静まり返った。全員が無表情だった。いや、反応する余裕がどこにもなかったからだ。感情が今どのように働いたのか、そしてこの感情をどこにぶつければいいのか、見当もつかなかった。
 その数十秒の静寂のあとで、誰かが呻きながら時々突き上げるような悲鳴を上げた。そこから蒼白の色が周囲の顔面を塗り潰していった。それがまるで波紋のように、静寂からどよめきへと変えていくのを聞いて、セレナは膝をついて自分自身を抱きしめた。
「わたしたちも……」
「お兄ちゃん!!」
 ユリーカも恐怖で立つことすらできなくなったのか、シトロンにその身を寄せて固まった。
「……ユリーカ……」
 まるで縋りつくような小さな悲鳴が痛々しかった。シトロンは妹を力強く抱きしめ、その紺碧の瞳から零れそうな涙を指で払った。だがユリーカを落ち着かせようと叱咤するシトロン自身も、すでに平常心を失っていた。
「ぴ……か……」
「くっ……」
 シトロンたちや周りの様子を目の当たりにして、サトシは地に足がついていない感覚を覚えた。絶え間ない振動のせいか、耳鳴りがした。全身に芽生えた恐怖と焦りが、濁流のように頭のなかに流れ込んでくる。脈拍が上昇した。呼吸困難に陥った。思わずその場にうずくまりそうにもなった。
 でも、ダメだ。サトシはすぐに頭を振る。考えなければ。考えるんだ。どうする。なにか脱出する方法は。震えあがる手足を抑え込み、両の目を硬く閉ざしたそのときだった。
「サートン!」
 突然、自分の名前を呼ばれた。サトシはハッと顔を持ち上げると、フーパが宙に佇んでいる姿が目の前にあった。
 ……瞬きできなかった。決然とした光を湛えたその翠の瞳に、今までの思考と意識が奪われていくのを、サトシはただ感じていた。二人の視線が絡まると、フーパはある一か所に大きく指差した。静かな声音だった。
「これ、開けて!」
「え……?」
 指された方向を目で追いかけると、サトシは息を止めた。かれが肌身離さずに抱いていた"いましめのツボ"を目にしたからだ。反射的に視線を戻して、無言のまま、フーパを凝視する。わずかに頬骨が震えてきた。先程とは違う痛みがその胸中を蝕んできたその数秒後に、バルザが表情を引き締めてこちらに進み出てきた。
「フーパ。リングを使って、みんなを助けたいんだな?」
「うん!」
 琥珀色の瞳が揺らぐ。たしかに名案だ。"いましめのツボ"を開放すれば、リングが使える数が増える。限られた時間のなかで、これほどの人数を円滑に脱出させるためにも、たしかに大きくなった方がいい……そこで一度、サトシは思考を中断した。
「……フーパ……」
 鼓動が徐々に規則正しく打ち始めているのを感じながら、"いましめのツボ"をぎゅっと胸に抱えた。眉を寄せ、唇を噛み締める。
「サートン」
 琥珀色と翠の瞳がお互いの姿を映しだす。こちらを見つめてくるその翠の眼差しはあたたかく、底深いものだった。フーパがまっすぐ自分を捉えているのだと実感すればするほど、サトシの心が不思議と静まっていくのを感じた。肩の力を抜く。ふーっと呼気を吐き出し表情を改めてから、サトシは壺のフタに手を置いた。
「分かった!」
 フタを握り締め、くいっと力を込めて引き抜いた。その途端、壺の内側からまばゆい輝きがあふれ出し、瞬く間にフーパの身を包んでいく。
「本当のフーパ! お~で~ま~し~!」
 まばゆい輝きが薄れていくと、おおきな魔人ポケモンが視界に飛び込んできた。小さな手は巨大化を遂げ、たくましい腕になる。これがまさしく、フーパの真の姿だ。とは言え、幼い言動はそのままだ。大きくなってから初めて浮かべたその無邪気な笑顔に、サトシは目を細める。
 が、元の姿に戻ったフーパの登場に、大聖堂の内部はどよめきはじめた。眼と口を開けたまま見上げる者や、身動きひとつできない人々など、さまざまな反応が見られた。また、ジュンサーも警戒心が先立つのも無理はなかった。
 サトシはそれを手で制した。もう、大丈夫だと。それでもジュンサーや周囲の人間は納得がいっていないのか、未だにいぶかしげな視線を送ってくるばかりだ。だから、サトシは胸を張って笑った。
「フーパは俺の友達ですから……な?」
 そのままくるりと目を転じた。フーパの茶色の瞳を見据えてその右拳を突きあげる。それはまるでポケモンバトルに勝利を収めたような表情だった。
 フーパも歯を見せた。そのたくましい拳をサトシの拳にコツンと打ちつける。
「フーパ、頼むぜ!」
「うん!」
 六つのリングをたくましい腕で器用に操ると、すべてを大きく広げて地面のうえに並べられた。その内側には光り輝く渦が出現する。これで準備は整った。リングを潜れば、デセルタワーから離れた安全な場所に出られるはずだ。
「シトロン、セレナ、ユリーカ! 手本を見せてやってくれ!」
 サトシの意図を把握できたのだろう、シトロンは全員に声掛けをし始めた。セレナとユリーカは躊躇いなく光の渦へと飛び込んでいく。絶妙な連携力だ。人々は固唾を呑んで見守っているその数秒後に2人が顔を出したのを見て、それは安全だと頭のなかで理解していったようだ。かれらの緊張が解れている。
 この空間から人々を外に脱出させる作業が開始するなか、不意に、ピカチュウが主人の足元に駆け寄ってきた。
「ぴかぴ、ぴかぴかっちゅう!」
「?」
 サトシが視線を寄こすと、ピカチュウは赤い頬に電気を溜めこんだ。そのまま黒ずんだ液体に向かっておおきな閃光の束を撃ち込んだ。するとじわじわと進行してくるあの黒ずんだ破壊の波が、ぴたりと止まったのだ。
「ぴかぴ、ぴっかっちゅう!」
「そういうことか!」
 サトシは目を輝かせる。ポケモンの技が発動しているあいだは、一時的とはいえ、空間の歪みを阻止することが可能らしい。これを使わない手はない。
 サトシはすぐにシトロンたちに二度目の召集をかける。ピカチュウが見せたその行動を彼なりに説明すると、みんなは力強く頷ていくれた。
「分かりました。レントラー、ハリマロン、お願いします!」
「ヤンチャム、力を貸して!」
「ユリーカもデデンネもお手伝いする~!」
「でねで~ね!」
 3つのモンスターボールが宙を舞った。これで一秒でも多くの時間を稼ぐんだと意気込んだその刹那、かれらの背後から若い男性の声が途惑いがちに聞こえてきた。
「ポ、ポケモンの技なら、あれを食い止められるのか!?」
 サトシはシトロンたちは驚きにお互いに顔と顔を見合わせ、すこしの間を置いてから答えた。
「接触技でなければ……」
 すると若い男性の瞳が決意の色を浮かべる。
「オレもポケモントレーナーなんだ! ぜひ、協力させてくれ!」
「わ、わたしも!」
「僕も!」
 十数人ほどの大人子どもが次々と名乗りをあげてきた。いや、まだまだ協力してくれるトレーナーが続出しそうな勢いだった。
「えっと……君は……?」
「俺はサトシです。≪10万ボルト≫や≪火炎放射≫≪冷凍ビーム≫などが有効だと思います」
「分かった!」
 若い男性が大きく頷き返した。
「みんな! 全員でここから脱出するぞ――!」
 傲然とした地響きに負けないぐらいに、みんなが拳をあげ、大声を張り上げた。どわんと空気が弾け返る。
 とても、心強かった。

ゆっくりと、だが確実に迫りくる消滅の危機に焦りと恐怖を味わいながらも、見通しよりも早く避難作業が進んでいた。サトシたちや協力を申請してくれたトレーナーたちのおかげだ。
 もちろん言うまでもなく、この流れに乱れが生じるときもあった。黒ずんだあの液体が進出してくるにつれて、どんな影響なのか、大きく広げたリングも徐々に縮み始めた。それが人々に不安の種を植え付けるのだ。なかには我先にと脱出しようとする者まで現れた。けれど、サトシのルチャブルとオンバットの活躍で騒動はそこまで大きくならなかった。
 そしてこの空間に残っている人間は、サトシたちとバルザ、メアリ、そしてフーパだけとなった。フーパは直ちにリングを回収し、サトシたちも手持ちをモンスターボールに戻したそのとき、またどこかで、多くの瓦礫が轟音を立てて蒸発していく。バルザは念のために周囲を見渡してから、サトシに視線を寄こした。
「サトシくん……」
 サトシは深く頷いた。シトロンたちに向かって号令をかける。リングが縮小しているのだ。率直に言って、大の人間がひとり潜れるかどうか怪しいほどだった。時間がない。急がなければ。
 シトロンは妹の手を握ってここから脱出。セレナも2人のあとに続いてリングを通ろうとするその直前で一度、足を止める。何を思ったのか、彼女はそのまま背後を振り返ってサトシに話しかけてきた。
「サトシも急いでね!」
 そう一言伝えてから、こことは異なる空間へと駆けて行った。
「ぴかぴ、ぴかちゅう」
「…………」
 旅仲間の後ろ姿が見えなくなるのを確認してから、一呼吸置く。サトシはその場から一歩も動かなかった。体の向きを変えて、フーパを正面から見上げるばかりだ。
「サートン! はやく!」
 痺れを切らしたのだろう、慌てた口調だった。当たり前だ。あの黒ずんだ液体が目と鼻の先なのだから。それにも関わらずに、サトシはその硬い面差しをフーパに向けている。
 この狭い空間に、緊張感が漂っていくなか、彼はそっと相好を崩した。
「一緒に行こうぜ……フーパ……」
「……!」
 紫色の視線がすぐに逸らされた。精一杯に隠していたつもりだったのだろう、その面持ちの影が一気に濃くなった。
 バルザとメアリの顔もまた明らかに張り詰めている。すこしの沈黙の後で、フーパは弱々しい声を震わせた。
「フーパ……"戒め"……」
 100年も封じられた本来のチカラがその身に戻った。とはいえ、旅人グリスがフーパに課した"戒め"が解けたことには繋がらない。フーパ自身がその"戒め"を悟ったのかどうかは、まだ分からないままだ。最悪の場合、フーパはこの空間と同じ運命を辿ることになるだろう。それでもサトシは、その口許に微笑みを滲ませた。
「やってみないと、分からないじゃないか……」
 その右手が壺のフタに伸びていく。
「大丈夫だ。俺はフーパを信じる」
 そう言い終わると同時にぽんと、壺の封が解かれた。そして柔らかな気流とともに淡い輝きを放ちながら、フーパの本来のチカラがその壺のなかに吸い込まれていった。
「サートン」
 再び小さな姿となったフーパ。その翠の瞳を泳がせながら、サトシの前に降り立った。彼もまた何も言わずにその頭をそっと撫でつける。それから身体の向きを変えて、サトシはメアリの元に歩み寄っていった。"いましめのツボ"を彼らの元に返すために。
「サトシくん……」
 長いまつ毛がかすかに震える。また近くで瓦礫が剥がれていく音が響いた。サトシはそれに表情を変えずにしっかりと屹立している。その琥珀色の瞳に、メアリは言葉を喉の奥で詰まった気がした。思わず耐えがたい胸の痛みを抑えつけると不意に、バルザが妹の肩のうえに片手を置いた。
「メアリ、サトシくんの言うとおりだ。おれたちもフーパを信じよう」
 その言葉に、メアリは黒い髪を揺らして顔を合わせる。
「兄さま……」
 バルザの瞳に宿っている決意の色を見て、メアリは息を呑んだ。
 そうだ、これは兄妹の望みでもある。メアリはきゅっと唇を噛んで、強く頷き返した。
「ぴかぴ」
 サトシの足元で、ピカチュウがカーゴパンツの裾を指で引っ張った。その顔を持ち上げてじっと琥珀色の瞳を食い入るように見つめている。その面差しにサトシは笑みを沿えて、ゆっくりと片膝を突いた。慣れた手つきで腰のボールホルダーを外し、相棒に手渡してから、右手で赤い帽子を掴みあげてぽすんと、相棒の頭に被せた。黄色い両耳が自然と垂れていく。
「ピカチュウは先に行っててくれ……な?」
 そう囁くと、指先で赤い頬をくすぐるように撫でる。電気技の使いすぎで筋肉が凝っているのだと分かって、小さな苦笑を漏らした。
「……ぴかぴ……」
 ピカチュウは口唇をぎゅっと結んだ。瞳を閉じてその温もりに何度か頬擦りをしてから、なにかを断ち切るように踵を返していった。遠ざかっていく黄色いの背中を、相棒がその姿をリングの向こう側へと消していく瞬間をこの目でしっかりと見届けてから、サトシは腹の奥からせり上がってくる熱いものを飲み込んだ。
「メアリも、先に行っててくれ……」
 すると青年バルザも顔を引き締めて、妹に向かい合った。まっすぐに響いたその低い声に、メアリは全身をびくりと震わせて胸元の首飾を握り、ふるふると首を振って拒もうとした。だがバルザはそっと息を吐きながら穏やかな声で笑った。
「向こう側で、フーパを迎えてほしいんだ」
「……兄さま……」
 メアリは痛感する。バルザはきっと、妹が体力的に限界であるのを見破ったのだろう。視界がじわりと歪んでいくなか、メアリは溢れる思いを押し止めて小さく頷いた。
「フーパ、兄さま、サトシくん……待ってるからね!」
 メアリは精一杯の笑顔を浮かべて駈け出していった。その直後にリングがまたすこしだけ狭まっていくのを目にして、バルザは胸中に芽生えた不安を押し殺そうと深い呼気を吐き出しながら、サトシの背後に回り込み、わずかな気をかき集めながら表情を固めてその両の手を胸の前に突き出した。
「サトシくん。おれは後ろからバックアップする!」
 弱まっている精神力でも役に立つのであれば、青年バルザはその身に残されているわずかな気を高めていく。
「お願いします!」
 サトシも改めて心を決して、フーパを胸に抱き寄せる。そして顔を曇らせるフーパに向かってニカッと笑った。大丈夫だと、必ずできると、そう励ますようにぎゅっと腕に力を込める。その思いが伝わったのだろう。フーパも真剣な顔つきでリングに目を凝らした。
「うん! フーパ、行く!」
 それを合図に、サトシは地面を蹴りあげた。
「行くぜ!」
 空間が歪みゆくなか、サトシはリングに向かって勢いよく走り出した。しかしその次の瞬間、"戒め"の制約が透明な膜となって、サトシとフーパを力強く跳ね返した。その衝撃で地面のうえに転がってしまい、摩擦音が響いた。
 サトシは眉をしかめる。軽く後頭部を打つとともに自分の背中に鋭い痛みが駆け巡ったうえに、液体のようなものかがつうとその表面を伝っていった。どうやら乾いて固まった血の塊りが剥がれてしまったらしい。
「サートン!」
「へへ、俺は平気だ……」
 サトシは思わず眇めてしまった片目を閉じて笑い、飛び上がるように立ち上がった。
「もう一度だ、フーパ!」
 あくまで落ち着いた口調だった。すこしでも不安を抱いたら、目の前のことに集中できないからだ。
「うん!」
「よし、行くぜ!」
 不快な音を立てるリングに向かって、サトシたちは飛び込んだ。だが再びあの透明な膜が出現してしまい、フーパとサトシの身に衝撃を走らせていく。空気が重く唸るなか、それでもサトシは踏み止まるためにその両足に力を込めると、メアリの声が耳元に届いた。
「サトシくん……!」
「!」
 メアリが伸ばしているその右腕を、サトシは掴もうと一心不乱になる。しかし指先と指先が触れた瞬間、サトシとフーパは惜しくもまた押し戻されてしまった。地面に叩きつけられてしまい、意図せずに苦悶の声が漏れる。
 だがすぐに頭を振り、呼吸を整えながらすぐに右手を突いて立ち上がった。痛みに悶絶している場合ではない。リングの縮小がさらに進行してしまい、すこし宙に浮かんでいるような状態になっているのだから。
「負けるもんか!」
 三度目の正直だ。
 サトシは大きく息を吸い込んでから、気合の声をあげて空間の向こう側に右足を踏み入れた。そのまま大きく左腕を伸ばしていく。メアリもその手を掴み、弾き飛ばされぬように力の限りに引いた。
 すると先程よりも、サトシとフーパの身体が徐々にリングを通過し始めた。それと同時に透明な膜も伸びていく。
 だが決して気を緩めるな。シトロンたちがリングを掴んで必死に抗うなか、メアリはさらに手と腕に力を籠めた。かれらを必ず脱出させてみせる。その強い思いを胸に抱き、メアリは全力を振り絞ってその手を引っ張り上げようとするその矢先だった。
「……!」
 サトシの腕のなかにあったはずの重みが、消えた。ハッと琥珀色の瞳が限界まで開かれるやいなや、その身体は引張力に従って空間と空間を渡っていく。その直後、地面に打ちつけられた痛みにかまうことなく、サトシはすぐに上半身を起こした。
 ……息を引き切る。空っぽになった右手を目にして、全神経が凍りつくとともに何もかもが遠ざかっていくのを味わった。なのに脳裏に焼きついた感触が、あのちいさな手の感触が右手に流れ込んでくるのだ。視界が歪んだ。この手から徐々に徐々に奪われていくことに、口のなかが痙攣した。そしてその感触をすこしでも繋ぎ止めるために右拳を握りしめ、この身に沸き立つ感情のままにそれを地面に叩きつけた。
「待ってろ……!」
 背後から聞こえてくる呼び声を振り切り、サトシは狭まっていくリングのなかに飛び込んでいった。
 
 
 *+*+*


 重々しい轟音が絶え間なく鳴り渡っているこの空間に降り立ったサトシは、愕然とその周囲を見渡した。空間の消滅はもう間近だった。リングとの助走距離も確保できるか怪しいほどで、残されていたその足場もあの黒ずんだ液体によって次々と砕かれては蒸発している。
「フーパ……」
 もう残り少ない時間が刻々と迫ってくるなか、サトシはフーパとバルザの眼前でその片膝を突いた。
 青年の腕に抱かれているフーパはぐったりとしていた。3度の挑戦で、体力を消耗しているのだと容易に推測できてしまう。
「サートン……バルザ……」
 今にも泣き出しそうなのを無理に抑え込んでいるその声に、サトシは右手を爪が食い込むまで握り込む。
「ごめん……手を、離して……」
 フーパは力なく視線を落として、首を振った。翠の瞳を潤ませながら、ぽつりと呟く。
「もう……いい……」
 嗚咽交じりのそれは、サトシの胸を深くえぐるのに十分な言葉だった。
「サートン、もう行って……バルザも……」
 サトシは愕然とその喉をひきつらせ、バルザも厳しい顔で下唇を噛んだ。手足の先が氷のように冷え切っていくのを感じる。逆に、目頭が熱くなるのを感じた。琥珀色の視界に映り込むその悲痛な表情に、サトシはわなわなと首を振る。
「嫌、だ」
 耐えきれなくなった。胸中からこみ上げてくる激情が、この喉から迸っていく。
「俺は嫌だ! もう二度と、お前を、"影"を、ひとりにさせるもんか!」
「……!」
 バルザが瞠目し、フーパもその言葉に身を震わせた。
「フーパ……」
 サトシはたまらなくなって震える右手を伸ばし、翠の瞳に涙を湛えているフーパの頬に触れた。その琥珀色の眼差しがその心を大きく揺さぶったそのとき、不意に、フーパの頭のなかで思い出が走馬灯のように駆け巡った。
 旅人グリス。
 バルザとメアリ。
 アルケーの人々。
 ラティアスとラティオス。
 かれらとの新しい生活の日々。
 それから、サトシとピカチュウたちとの出会い。
 たくさんの思い出がその脳裏に蘇えれば蘇えるほど、フーパのまぶたが大きく震え始める。たまらずなにかをすがるように、頬にあるその温もりに手を重ねた。
「帰りたい……」
 琥珀色と翠の視線が絡まる。その全身にあふれてくる感情に任せて、フーパは声を絞り出した。
「フーパ、みんなのところに帰りたい……!」
 涙混じりの叫びがこの歪んだ空間にこだまするその刹那だった。
「……!」
 バルザの胸元の首飾りが、突然、金色の輝きを放ち始めたのだ。
「これは!」
 あまりの眩しさに、サトシは反射的に目を守った。青年の体力は底をついているのにも関わらずに、金色の輝きがみるみるうちに濃くなっていく。その数秒後に膨れあがったその金色の光が燦然と飛び散っては、この歪んだ空間を満たしていった。それがあの黒ずんだ破壊の波を止めたのだ。まるで時間が停止したかのように、この歪みの進行を食い止めていく。その影響が及んだのか、リングの縮小もぴたりと止まったのを目にして、バルザは胸を突かれた。そう驚きながらも、胸元の首飾りを凝視する。
 体の中央が熱い。心臓が興奮したかのように脈打っている。けれど苦しくなかった。体温が上昇すればするほど、高鳴れば高鳴るほど、その全身からチカラが漲ってくるのだ。荒ぶる金色の首飾りをぎゅっと握りしめ、バルザは深い吐息をこぼす。
「サトシくん、フーパのことを頼む……」
 視界を埋め尽くすほどの光がバルザを中心に収束するなか、フーパをサトシの腕のなかに預けてから強く叫んだ。
「おれが必ず……フーパをアルケーの谷に連れて帰る……!」
「バルザさん……」
 きっと、これが最後のチャンスになる。サトシはその腕のなかにある小さな存在をぎゅっと抱きしめてから、大きく頷き返した。
「フーパ、帰るぞ!」
「うん!」
 体内で血潮が燃えるようにたぎるなか、この地を突き破る勢いで蹴り上げる。
「行っけぇえええええ――!」
 少しの助走。そして沈み込んだ体勢から、サトシはリングの向こう側へにその身を躍らせた。即座に左腕を伸ばし、メアリの手を掴んだその刹那、大音響とともに凄まじい衝撃が二人の全身に叩き込んでいく。
 琥珀色の瞳が強張った。負けるわけにはいかない。全身に駆け抜けるその衝撃を吹き飛ばそうと気合の声を張り上げ、フーパを抱きしめるこの右腕に力を込めた。
 かれらのその背中を、バルザが奥歯を噛み締めながら後押ししていく。全神経を研ぎ澄ませ、高ぶる感情のままに絶叫した。それに呼応するかのように、首飾りの輝きが一際強まっていく。シトロンも、セレナも、ユリーカも、メアリとともに、サトシの腕を握り締めては、かれらを引っ張り出そうと身体を後ろに反らした。
 弾き飛ばされないように。押し戻されないように。みんなの必死な想いが、透明な膜をゆっくりと引き伸ばしていく。それをサトシは肌で感じ取り、右手に全神経を、最後の集中力をかき集めるべく、大きな息を吸い込んだ。
「フーパ……"戒め"を……乗り越えろぉおおおおおおおおお――ッ!!」
 その声に、フーパはたまらず涙を散らした。そうだ、みんなのところに帰るんだ。
 サトシの叫びとフーパの心が絡み合い、満ち溢れたそのときだった。あの透明な膜が柔らかくなり、音を立てて破裂したのだ。そのまま転がり落ちると、フーパはすかさず飛び上がり、バルザに向かってその小さな手を伸ばした。
「バルザ!」
「……!」
 手を掴み、力の限りにバルザの身体をこちらへ引っ張り出した。一瞬だった。そして遂に、空間が消滅した。
 それから地面に座り込んだまま、数十秒の沈黙が流れた。荒い息を繰り返しながら、全身から力が抜け落ちるのをただ感じていると、サトシの口許からなにかが零れた。まるで音を刻むような響きだった。
「……フーパ……」
 その呼び声に、フーパはぴくりと反応する。ゆっくり振り返ると、琥珀色と翠の視線が交差した。そこで、すべての感覚が鮮明になってく。空気の匂い。風の音。日射しの感触。視界に映り込む鮮やかな色彩。そして、身体中からこみ上げてくる温かいもの。
「フーパ!」
 気付いたときにはすでに、サトシはその小さな身体をこの胸に抱き寄せていた。思いっ切り叫んでいた。
「よく頑張った! よく、頑張った!」
「……サートン……」
 感極まったその声音に、フーパは瞳を閉じてその胸に顔を埋める。
「ぴかぴ」
 その足元から鳴き声がやさしく聴覚を揺らす。サトシはフーパを抱きしめがら視線を落とすと、黄色い相棒がこちらに笑顔を向けている姿があった。赤い帽子が大きいせいか、その頭から今にも落ちてしまいそうだった。
「ピカチュウ……」
「ぴかぴ、ぴかちゅう……」
 漆黒の瞳が自分自身の顔を映し出しているのを目にして、サトシはその表情をさらに綻ばせた。このピカチュウが自分の相棒なのだと深い感慨を味わいながら笑みをこぼすと、不意に、頭上から一筋の光が柔らかく降り注いでいることに気づいた。その光を受けてその琥珀色の瞳が見開かれる。アルケーの一族が身に着けているあの首飾りと同じ輝きだったからだ。
 サトシは目を閉ざした。すーっと息を吸い込んでから、引き締めた表情で空を見上げる。その視界に飛び込んできたのは、伝説たちよりも遥か上空にたたずんでいる創造神・アルセウスであった。なめらかな白い体躯を守っているリングが金属的に美しく輝かせる光を、大空が吸収して黄金色に輝かせている。その威風堂々たる巨神の姿に、シトロンたちも周りの人々も強い畏怖の念をいだいて立ち尽くすなか、バルザとメアリがその瞳に涙を浮かべて深く深くお辞儀した。
「来てくださったのですね……感謝します……」
 その意に応じるかのように、かれらの胸元を飾る金色のペンダントが淡く輝いた。そうしてアルセウスは雄大な空を駆けるように、閑雅な歩みを運びながら雲海の彼方へと去ってしまった。そのときに巻き起こった風が、サトシの黒髪をさらりと揺らして通り過ぎていった。
「ありがとう……アルセウス……」
「ぴかちゅう……」
 サトシはほほ笑みを満面に湛えながら、そう囁くように呟いた。
啊咧咧,又挖坑不填哎╮(╯▽╰)╭

告别真新镇后不知经过多久,擦伤,砍伤,朋友的数目,让我有点自豪,那时候因为流行而跑去买的,这双轻便的运动鞋,现在成了,找遍全世界也找不到的,最棒的破鞋子……
口袋中心·绿宝石·改(更新1.6.4版)
【口袋中心出品】魂银·壹式改点壹(全493)    【科普向】魂银中少有人注意到的洛奇亚传说故事
宝可梦卡牌 / 限定精灵图示    好吧,这是官方微博-_-    好吧,这是我的微博-_-
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 楼主| 发表于 2015-12-20 23:20:35 | 显示全部楼层
キャモメの群れが海鳴りに合わせて白い渦巻を描くかのように飛んでいるなか、伝説のポケモンたちはそれぞれの住処へと帰っていった。時間や空間、反転世界など、その帰路はさまざまだ。
 その刹那、磯の香りがする風がふわりと吹かれると、黒いレックウザはルギアに向かって鳴き声をあげた。別れの挨拶だ。それからサトシたちの姿をその眼に収めながら何度か空中を旋回すると、成層圏へと舞い上がっていった。深い黒曜石のような威厳と輝きをとめどなく放ち続けるその姿が、徐々に徐々にちいさくなりやがて消えていく瞬間を眺めてから、深層海流の主・ルギアは琥珀色の瞳に視線を合わせた。
『優れたる操り人……』
 その名前を呼ばれて、サトシは靴音を鳴らしながら前へ出た。しばしの間、お互いの姿を見つめ続ける。銀色の羽に覆われたその麗しい姿に吐息を漏らしながら、サトシは柔らかく首を横に振った。
「ルギア。俺はまた、お前と出会えることを願う」
 静かな声音が風に乗っていく。ルギアはその琥珀色の瞳にその頬を緩ませながらゆっくりと白い翼をはためかせて、その身体をふわりと持ち上げた。
『私も……そう願おう……』
 そう呟くと、滞空飛行から一気に海中に飛び込んでいった。壮大な水飛沫と、あの美しい海の声を残して。
 水面に生じた波紋が波と交錯しやがて消えていくその様子を、サトシは潮風を肺にたっぷりと送りながらいつまでもいつまでも眺めていた。ふたたび静かに寄せてくる波に琥珀色の瞳を閉ざして、その口許に深い笑みを刻む。それから爽やかな風とともに、サトシはおもむろに背後を振り返った。
「ポケモンセンターに戻ろうぜ……」
 しかしその言葉が最後まで紡がれることはなかった。その目蓋が重たく閉じていく。足取りも不安定になり、その身体が切れた糸のように崩れ落ちる。
「ぴかぴ!」
「ふぉおおおお!!」
 ラティオスが咄嗟に≪サイコキネシス≫を発動し、サトシの身体が地面に叩きつけられるその寸前で守った。気を失ったらしい。手足が力なく投げ出されている。ぐったりとしたその身体を支えようと、ラティオスが腕を伸ばしたそのとき、紅色の双眸が驚愕の色を浮かべた。
 それに弾かれたようにラティアスが傍に駆け寄り、促されるまま、サトシの額に片手を乗せる。熱かった。顔が火照っており、そのうえには脂汗が浮かんでいた。息も荒く、悪寒を感じるのか全身が震えている。
「ぴかぴ! ぴかぴ!」
「バルザ、サートンが!」
 バルザもすかさず駆け込みその容態を確認するやいなや、心が一気に凝結したような気がした。
 サトシの右腕の皮膚の一部が紫色に膨れ上がっていたのだ。青いシャツが伝わってくる凝血の感触に心臓が跳ねあがり、それをめくれば、黒シャツに付いた血が目に飛び込んできた。背中には深い傷跡が走っており、その肌を流れ止んでいた血液がこびりついていた。
 それらの傷口から細菌が入り込んだのだろう。体温調節中枢が狂ってしまい、体全体が悲鳴を上げているのだ。一種の生体防衛反応とはいえ、これはマズイ。
「ぴかぴ、ぴかちゅう!」
「早くドクターに診せないと!」
 両腕でサトシの身体を横抱きにすると、バルザはフーパに向かって大きく叫んだ。
「リングでポケモンセンターに繋いでくれ!」
「うん!」
 言われるがままにリングの能力を発動した。

サトシがあのあとポケモンセンターに運ばれてから、かれの担当医はすぐに治療室へと移動させるべきだと判断した。傷口の清浄、ステロイド剤・鎮痛剤の投与、点滴の処置などさまざまな治療のフルコースを施された。とは言ったものの、サトシ本人はそれ自体記憶に残ってはいない。それほどまでに意識が朦朧としていたのだった。
 かれの身体の処置を施してくれたジョーイと担当医は、眉間に深いシワを寄せてこう告げた。しばらくの間は絶対に安静でいるようにと。その声が静かで怖かったが、体温計の数値が「41.8度」を示してしまったので必至の結果だった。
 あとは自然治癒力が及ぼす身体の負担をいかに軽減させるか、だ。氷枕がぬるくなったらその中身を入れ替え、適度に汗を拭い、アルコールで湿した脱脂綿で傷口を消毒しては、また氷枕を取り換える。その地道な作業に文句をひとつもこぼさずに、ピカチュウとフーパは寝食を忘れてサトシの看病に没頭し続けた。その繰り返しを続けて四日目の朝を迎えたとき、ついに成果があらわれる。
 カーテンの隙間から射しこむ柔らかな朝日に、ピカチュウの意識が浮上すると、頭のうえになにか暖かなものが触れてくるのに気づいた。あまりの心地好さにしっぽを揺らしていくも、その温もりはすぐに離れてしまう。ピカチュウは物寂しさを覚えてぱちりと目を開けると、サトシがフーパの頭を撫でながら、こちらに視線を送っているその姿が視界に映った。
「……おはよう……ピカチュウ……」
「ぴかぴ」
 その顔に憔悴の色が浮かんでいたが、サトシはニカッと白い歯を見せた。そのまぶしい笑顔に胸のつかえが取れていくのを感じる。ああ、症状が軽くなったんだ。溶けるような安堵感のなかに落ちていくなか、ピカチュウは思わずその大きな胸に飛び込んでいった。
 
 まだ微熱が残っていたが、軽い会話ならできるまでにサトシの体力が回復していた。
 スタッフが運んできた胃にやさしいポタージュを、サトシはやけどしないように注意しながら口許に運んでいると、不意に、フーパにこう問いかけた。
「フーパはアルケーの谷に帰るんだよな?」
「ふぱ……」
 翠の視線が右へ左へと揺れ動いていた。おや? とサトシは不思議そうに見つめる。どうやらこれからのことをまだ考えてはいなかったらしい。
 フーパは思案顔で手を抱え込んだその数秒後、ふわりと宙に浮かんで、ベッド際の大きな窓に身を寄せた。
「ううん! フーパ、あれ直す!」
 フーパが指差したところは、デセルタワーの跡地だった。状況を調べてきたバルザが言うには、そこはすっかりと荒れ果ててしまい、風が吹いてしまうと粉塵が巻きあがる有様だったらしい。
「ビルを立て直すのか?」
「ぴ~か?」
 首を傾げてそう確認すると、フーパは元気よく頷いた。気合充分だと言いたげにクルリと旋回するそのちいさな姿に、サトシは口唇をほころばせた。そして手を伸ばして、ぽんっとその頭のうえに置いた。
「そっか!」
 そう遠くない別れが刻一刻と近付いているのだと感じながら、サトシはピカチュウとともに、フーパと笑顔を交わしあった。

~Fin~

あとがき

フーパの成長を最後まで見守っていただき、本当にありがとうございました!
 
 
 劇場版に運ぶ前からこの子のかわいさに惚れ惚れしてしまいましたよ!
 すでにBDも予約しましたし、年末が楽しみです!

 そしてロケット団のみなさま、マジでごめん。いや、本当にごめん。
 あのまま退場させてしまって本当に本当に申し訳なかった。
 ・・・だが後悔はしていない(`・ω・´)キリッ
 

 今回の創作では、セリフがほとんどなかったですね。考えるのが面倒ではなく、ただ単純に俺好みに仕上がってしまいました。なので分からない描写・解釈などがあれば、遠慮なく質問していただければ幸いです。
 もし機会(時間)があれば、解説版をつくりたいなと思っています。
 ……たぶん箇条書きになるでしょうが(ノω・、) ウゥ・・
 

 ちなみに、『ラストはこれで良かったのだろうか』と未だに悩んでいます。
 でも他になにか違う終局が思い浮かんだら、IFverを書くかもしれません。
 まあ可能性はほぼゼロでしょうが(´・ω・`)
 


 では、また会う日まで|/// |・ω・)ノ
啊咧咧,又挖坑不填哎╮(╯▽╰)╭

告别真新镇后不知经过多久,擦伤,砍伤,朋友的数目,让我有点自豪,那时候因为流行而跑去买的,这双轻便的运动鞋,现在成了,找遍全世界也找不到的,最棒的破鞋子……
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发表于 2015-12-21 12:46:05 | 显示全部楼层
……嘛,除了说看不懂我也不知道该说啥静静等待翻译菌出没好了
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发表于 2015-12-22 15:43:26 | 显示全部楼层
放眼之处,一片看不懂
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